「あなたが買った高級ブランド品の代金が支払えていない。あなたは詐欺をしている」――見知らぬ番号からの電話を受けた女性は、今も後悔している。「いつもは電話の発信元を確認するのに、そのときはたまたま出てしまった」。警察官をかたった特殊詐欺で約2250万円を奪われた奈良市の60代女性が語ったのは、「だましのプロ」とも言える詐欺グループの巧妙な手口だった。
女性に電話があったのは10月11日。「ブランド品を買ったことはないのに」と詐欺を疑ったが、直後に高知県警の警察官を名乗る別の人物からの電話で「あなたにマネーロンダリングの疑いがかけられている。資産を調査したい」と言われると動揺し、従ってしまった。無料通信アプリ「LINE(ライン)」で連絡するよう指示され、家族に言わないよう約束させられた。
それからは毎日約30分間、LINEの通話機能で詐欺グループと連絡を取るようになった。女性が犯罪への関与をきっぱり否定すると、「皆さん最初はしらばっくれるけど、結局最後は謝るんですよ」などと当初は強い口調で言い返された。だが、やりとりを繰り返す中で、相手は「私もあなたは潔白と思うが、調査しないと証明できない」と持ちかけてくるなど、次第に態度を軟化させていった。
「事が終わったら記念に会おう」「お疲れ様。頑張って協力してくれている」……詐欺グループにねぎらわれることもあり、気を許して趣味について雑談することもあった。女性は「皮肉な話だが、親しみを覚えていた」と振り返り、「ざっくばらんな態度に完全に乗せられ、相手の言いなりになってしまった」と肩を落とした。
詐欺グループは硬軟織り交ぜたやりとりで女性を操っていった。女性が「姿を見たこともないし、信用できない」と告げると、ビデオ通話で警察官を装った人物が偽の警察手帳を見せて、実在の裁判官の名前を記した「逮捕状」と称する書類も示した。「高知県警をかたる詐欺が多い」というニュースも目にしていたが、信用してしまった。
「親しみを持たせてくる一方で、折れないところは絶対に折れない。本当に言葉巧みだった」。女性はグループの手口をこう表現する。この頃から「どうやったら潔白と信用してもらえるのか」と必死になり、詐欺グループの術中にはまっていった。
全資産を二つの口座に集めるよう指示され、コツコツとためた定期預金も解約した。資金調査の一環として相手が用意したネット銀行などの口座に入金するよう言われ、5回にわたって計3250万円を振り込んだ。「警察ってそんなことするんかな」という疑問も頭によぎったが、抜け出せなかった。
10月31日、警察官を名乗る人物から「資金調査が終了し、潔白が証明できたので返金する。家族にもこのことを話していい」と連絡があった。家族を食卓に集め、打ち明けた。「あたし、逮捕状出ててん。けど、もうお金も返ってくる」。「それは絶対に詐欺や」――家族はすぐに気づき警察署に連れて行ったが、女性はなお信じこんでいた。結局、振り込んだお金は金融機関の担当者が不審に思って凍結した約1000万円を除いて抜き取られ、返ってきていない。
女性は同様の被害に遭う人を減らしたいと、毎日新聞などの取材に応じた。「高い勉強代を払ったと思って、ぜいたくせずに細々と暮らしていくしかない」と語りつつ「かつてはニュースを見て『なんでそんな詐欺に引っかかるんだろう』と思っていたが、まさか自分が引っかかるとは思っていなかった。詐欺は遠い話ではなく、本当に身近なもの。不審な電話には絶対に出ないようにしてほしい」と力を込めた。
今回のような詐欺から身を守るには、どうすればいいのか。ある捜査関係者は「詐欺グループはだましのプロ。相手の様子を見ながらアメとムチをうまく使い分ける技術を持っている」と解説し、「グループの『劇場』に入り込んだら抜け出すのは難しい」と話す。奈良県警生活安全企画課の担当者は、「知らない番号からの電話には、思い切って出ない勇気も必要」と話し、「警察手帳や逮捕状をLINEで見せることは絶対にありえない。少しでもおかしいと思ったら警察に相談してほしい」と呼びかけている。【田辺泰裕】