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外国人材が働きやすい環境を DXで業務可視化、介護施設の試み

毎日新聞 2024年12月19日 8時45分

 さまざまな国の外国人材が安心して能力を発揮できる職場環境を作りたい――。社会福祉法人「光寿会」(香川県高松市)は、介護計画の管理アプリや人工知能(AI)搭載の見守りカメラの導入による職場のDX(デジタルトランスフォーメーション)化を進めている。技能実習生らの業務負担と「言葉の壁」の問題を解消することで、仕事の「平準化」と「効率化」を高める。運営する介護施設を通じた試みは、先進的な取り組みとして全国からも注目されている。

 「どうしましたか」。貸与されたスマートフォンのアラーム音に反応して、頭髪を覆う「ヒジャブ」姿のインドネシア人女性の介護職員が利用者の個室にゆっくりと入る。呼び出し音と同時にスマホには居室内が映し出され、表示された映像で利用者がナースコールを誤って押したことが分かったからだ。

 光寿会が運営する特別養護老人ホーム「あかね」(同市)では、転倒リスクの高い利用者の室内に、起き上がりや、はみ出しなどを検知するAIカメラが設置されており、ナースコールにも連動している。呼び出し音が鳴ってもスマホの映像で確認できるため、必要がある時にのみ部屋を訪れることができる。光寿会の吉岡哲哉理事(62)は「全職員の86%が夜間業務の転倒や転落事故の不安が減ったとアンケートに回答した」と語る。

 吉岡氏は「情報通信技術(ICT)の導入を強化して職場のDX化を図ることは、業務負担軽減だけでなく、外国人スタッフとのコミュニケーションを円滑にしてくれる」と話す。

人材不足深刻

 介護現場の人手不足は全国的に深刻さを増している。

 厚生労働省によると、2026年度に全国で必要とされる介護職員は約240万人だが、22年度時点の職員数は約215万人にとどまる。四国4県では、26年度には約8万4000人が必要とされるのに対し、22年度時点の職員数は約7万9000人。特に人口減少が進む地方では、若い外国人材の雇用を望む声は多く、今後も増えていくと予想される。

 外国人でも日本人と同じように働くことができるようにと、AIの見守りカメラだけでなく、「職員連携」と「利用者の介護計画」の計3点を可視化できるICT機器を22年までに導入した。モデル事業として厚生労働省などの補助金を活用して計約3000万円を投じた。入眠、覚醒、離床など睡眠状態をパソコンのモニターに映し出し、呼吸数や脈拍数を検知できるセンサーを全60床に設置した。画面で確認できるため、夜間の巡回時間を約2時間減らすことができたという。また、利用者が集う各リビングにカメラとモニターを設置し、それぞれを連動させることで、互いに職員の動きを把握して連携。他のリビングにいる利用者の見守りにもつながっているという。

経験浅い職員も適切介助目指せる体制に

 最も効果を発揮しているのが、利用者への日々の介護計画や記録をアプリと連動させて管理するシステムだ。食事の仕方、水分補給、入浴やおむつ交換などは利用者によって対応が異なる。これまでは、担当する職員の経験に頼ることが大きかった。システムでは、利用者ごとに異なる介護計画のデータが、職員に貸与されたスマホに記録されている。リアルタイムで更新や確認ができる上、終わった仕事は画面に触れれば色が変わる。利用者ごとに注意事項も指定されている。経験の浅い職員でも適切な介助が目指せる体制になっているという。

 あかねの職員として約10カ月勤務しているインドネシア人女性のスリ・レスタリさん(21)は「ケアに入る前に注意事項や処置のやり方を確認できるため、ミスを防ぐことにつながっている」と語る。約5年9カ月勤務するミャンマー人女性の職員、イントゥザーさん(32)は「担当が変わって初めての業務でも何をすべきか分かる。数日休んでも、別の職員のコメントがあるので、利用者の最新の状態が分かるので安心」と感想を述べた。

 吉岡氏は「日々変わる利用者の状況に対し、より良いものに改善して無理なく計画を更新することができる。何十人もの日々の記録を紙ベースで保管する負担も減り、経験やノウハウをデータで共有できる」と語る。

 光寿会のDX化の試みは、福祉医療サービスを提供する民間事業者の活動を支援する独立行政法人「福祉医療機構」(東京)から10月、「経営で優れている取り組み」として全国に紹介され、関西圏などからの講演依頼も入っているという。

 海外から日本に来て働く介護人材は、日本語能力試験でN4レベルの「基本的な日本語を理解できる」語学力を有している。吉岡氏は「日本語能力にたけている外国人でも、言葉のニュアンスを察知することは時に難しい場面もある。DX化が情報を確実に伝えて共有する手助けになる」と訴える。

 ロボットやAIで労働力を補う議論も出るが、吉岡氏は「介護の現場はロボットで代替することは難しい」と話す。「若くて元気な笑顔をみせる彼女らの頑張りが、利用者に元気をもたらしている。今後も誰もが安心して無理なく働ける公平な職場を追求したい」。人出不足が深刻な介護現場で前を見据えている。【鶴見泰寿】

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