市販の電動おもちゃのスイッチを操作できない手足の不自由な子どもたちのために、おもちゃを改良して特製スイッチを取り付けたい。そんな取り組みが今年から全国に広がっている。
子どもの手のひらほどの円形の特製スイッチを自らの手で押すと、コードにつながれたおもちゃの歯車が回転し始めた。12月中旬、東京都東村山市の自宅で、村上惺南(せな)さん(9)は笑顔を浮かべ、その様子をじっくり観察していた。
惺南さんには重度の知的障害があり、手足が不自由で物をつまんだり引っ張ったりすることが難しい。惺南さんが遊んでいた知育玩具は小さなスイッチをつまんで動かす仕組みで、こうした電動おもちゃを楽しもうと思っても以前は両親が動かす様子をただ眺めるだけだった。母優香さん(50)は「私も何かにつけて『どうせできないよね』と否定的な言葉を投げかけてしまうことが多かった。本人も自信をなくしていたと思います」と振り返る。
しかし、数年前にイベントでおもちゃを改良できることを知り、特製スイッチにつながるコードのプラグを差し込むためのジャックを付けてもらった。
今ではそうしたおもちゃが20個ほどに増えた。ジャックにつなげれば、円形のボタンを押すだけで、ぬいぐるみでも電子ドラムでも思うように動かしたり音を出したりすることができる。ボタンも手だけでなく、時には寝そべっておなかで押すこともある。
惺南さんの姿勢も主体的に取り組むように変わっていった。通っている特別支援学校では、押すと「おはようございます」と音声が流れるボタンを使い、惺南さんが朝のあいさつをできるようになった。自宅でも親がいくつか示した中から自分の好きなおもちゃを選ぶことができるようになった。
「スイッチが自信につながったのだと思います。子どもの可能性に気づかされました」。優香さんはそう言って、愛息に目を細める。「クリスマスには光るバイオリンのおもちゃを贈るつもりです。もちろんスイッチをつなげられるよう、ジャックをつけて」
惺南さんのおもちゃを改良したのは「国分寺おもちゃ病院」(東京都国分寺市)院長の角文喜(すみふみよし)さん(76)。養護学校の元教員で、学校でも知的障害児や肢体不自由児のために材木などを使った手作りの教材を創作してきた。
各地でおもちゃの修理に取り組む「おもちゃ病院」の活動を新聞で知り、教員時代の2001年に国分寺おもちゃ病院を開設し「おもちゃドクター」として活動を始めた。一般的なおもちゃ病院では故障したおもちゃを元通りに直す。それに加え、角さんは障害のある子どもでも遊べるようにおもちゃにジャックを付ける改良をしてきた。
大手おもちゃメーカー各社は近年、目や耳が不自由な子どもでも遊べるよう音や光などを工夫した「共遊玩具」を開発し、普及を進めている。しかし、角さんは「そうしたおもちゃでも手足が不自由な重度障害のある子どもが1人で遊べるものは少ない」と話す。
体の一部が少ししか動かない子どもには、触れるだけで作動するものを。引っ張る動作が得意な子には、ひもに輪をつけたものを――。子どものどんな状態にも応じられるようにスイッチの数はどんどん増えていき、今では10種類以上ある。依頼は全国から寄せられ、角さんがこれまでに修理したり改良したりしたおもちゃは9400個を超える。
ニーズが高い状況を踏まえ、国分寺おもちゃ病院も所属する「日本おもちゃ病院協会」(東京都新宿区)は今年6月、おもちゃへのジャック取り付けに協会として注力する方針を決めた。協会に所属する全国のおもちゃ病院全約700カ所のうち、現在は東北から九州まで約40カ所で改良の依頼を受けている。角さんのノウハウを共有しながら、改良に対応できる病院を今後さらに増やしていく。
たくさんのぬいぐるみやロボット、工具に囲まれた自宅の工房で、角さんは言う。「新品のおもちゃでも、それを使えない障害の重い子どもにとっては、壊れているおもちゃと同じなんです。だから『修理』をする。外の世界を自分で動かせなきゃ、面白くないですからね」【黒川晋史】
おもちゃ病院
ボランティアの「おもちゃドクター」が原則無料で修理をする。1996年に全国組織化し、今年10月、日本おもちゃ病院協会が一般社団法人となった。ジャック取り付けは部品代や送料が生じる場合がある。対応可能な病院など詳細は協会ホームページ(https://www.toyhospital.org/gpsyougaiji)で確認できる。