宮城県女川町の離島・出島(いずしま)と本土を結ぶ「出島大橋」が19日、開通した。船でしか本土に行き来できなかった島民にとって、橋は半世紀にわたる悲願で、人口が激減した島の暮らしを守りつなぐ希望の橋となる。
橋は、本土と出島の西側をつなぐ約364メートルのアーチ橋で、総事業費は約168億円。これまでは定期航路(1日3便)か漁船で30分~1時間ほどかかっていたが、今後は町中心部まで車で約15分で行くことができる。
島は東日本大震災の津波で家屋など約8割の建物が被災し、ライフラインが失われたことから一時全島避難を余儀なくされた。その後島の学校が閉校するなどして人口は激減して高齢化も加速し、現在、住民票を置くのは90人。東北電力女川原発まで約5キロと近く、島から肉眼で見える距離にあり、橋が災害時の避難道路として果たす役割は大きい。町によると、ギンザケやカキ、ホタテの養殖が盛んで町内の漁獲量の4分の1を占め、橋開通で通いやすくなることで若い漁業者が増え、その後の移住にも期待を寄せているという。
本土と島双方の式典会場を中継で結んだ開通式で、須田善明町長は「町の宿願だった。みんながこの一点に力をつないでくれたから扉が開いた」と涙ぐんだ。1979年の結成以来、開通を望んできた「出島架橋促進期成同盟会」会長の須田勘太郎さん(84)は、急病人の搬送にも役立つとして「島民の命を守る『命の橋』になる。ここまでたどり付けて感無量です」と声を詰まらせた。その後、島と本土それぞれから橋中間まで歩み寄り、くす玉を割って開通を祝った。
式典には多くの関係者が集い、開通を喜んだ。震災当時町長だった安住宣孝さん(79)は「出島もあっての女川町。もっと人がいた震災前に架かっていればとの思いもあるが、復興のため努力してきた島の未来のためには必要だ」と話した。寺間地区長の須田菊男さん(75)は、これまでは週1回、買い物や通院で町中心部に通っていたといい「これからは毎日行けるし孫ともすぐ会える」と笑顔を見せた。【百武信幸】