被害者を出さない「良貨」か、利用者を惑わす「悪貨」か――。電子マネーをだまし取る特殊詐欺被害を防ごうと、コンビニエンスストアの陳列棚に電子マネーカードに似せた偽の「ダミーカード」を並べる防犯対策に、コンビニ業者や電子マネー発行事業者が「待った」をかけている。被害を防いだ実績もある切り札に、なぜイエローカードが突き付けられたのか。
「市内でも電子マネーをだまし取られる被害が起きている。導入に向けて取り組みをスタートさせたばかりだったのだが……」
福岡県糸島市商工振興課の中島潤一課長補佐(48)は、電子マネー詐欺対策としてコンビニに配布予定だった30枚以上のダミーカードを前に、肩を落とした。警察やコンビニ側とも連携して導入しようとした矢先に突如、ストップがかかったからだ。
パソコンやスマートフォンの画面に「ウイルスに感染している」などと表示させ、対処費用としてコンビニで電子マネーカードを購入させるといった特殊詐欺被害は全国で相次いでいる。犯人側はカードに記載されたIDを聞き出せば、オンラインショッピングなどの支払いに利用できる。
警察庁によると、2023年に全国で確認された特殊詐欺被害のうち、電子マネーを購入させる手口は3370件(被害総額21・5億円)。被害は増加傾向にある。
こうした被害を防ごうと考案されたのが「ダミーカード」だ。長野県や福井県などで導入事例があり、効果を上げていた。糸島市も、福井のコンビニが電子マネーの特殊詐欺被害をダミーカードで防いだという報道で導入を検討。市民からの要望もあった。
糸島市の場合は「ウイルス除去専用電子マネー」と印字されたダミーカードを本物の電子マネーカードと一緒に、コンビニの陳列棚に並べることを想定していた。事件に巻き込まれている被害者の目に留まりやすく、ダミーカードを手にしてレジに来た際に店員が声掛けし、被害防止につなげる狙いだった。
市は24年7月、福岡県警糸島署なども加わる協議会でダミーカードの導入を提案して了承を得ると、9月には糸島署の担当者と市内のコンビニ10店を回り、ダミーカードの陳列を依頼。市によると、店長の賛同を得ていた店もあったという。
ところが、10月に糸島署とコンビニを回る計画が突然、中止に。署から協力が得られなくなり、計画は宙に浮いた。
背景には、警察庁に寄せられた「要望」があった。
警察庁によると、ダミーカードによる防犯対策について、電子マネー発行事業者やコンビニ業者から「利用客に誤解を与える」「商品本来の目的や価値を損なう」などとして、導入を控えてほしいという声が寄せられたのだ。
これを受け、警察庁は10月、各都道府県警の特殊詐欺予防対策の担当者に業者側の要望内容を情報提供。そこで福岡県警は、ダミーカードの導入を新たに働きかけることなどはやめるよう各署に連絡した。その結果、糸島市のダミーカード導入もブレーキがかけられることになった。
なぜ業者側はダミーカードに懸念を示したのか。
セブン―イレブンを傘下に持つセブン&アイ・ホールディングスは「売り場面積が限られる中、電子マネーカードの設置スペースに影響が出てしまうという営業面や、実在しないカードを使うことで、お客様を錯誤させるような行為そのものが商売としての誠実さにそぐわない」と説明。本部としてダミーカードは陳列しない方針を示しているという。
ローソンは「誠実な商売という視点から好ましくない」、ファミリーマートもだまされていない利用者を誤認させるなどとし、いずれも陳列は認めていない。
ただ、3社とも特殊詐欺の防止対策は重要との認識を強調。特殊詐欺の防止について警察庁と効果的な施策を議論しているなどとし、警察署から配布された店員がレジで使う声掛け用シートの活用や、注意喚起の店内放送などで被害の防止に努めている、などと回答している。
立正大の小宮信夫教授(犯罪学)は「ダミーカードはだまされている人ほど手に取りやすく、被害者の心理をついており良策だ」と評価。「事業者側が『営業妨害』というのは分かるが、利用者の詐欺被害の防止にもつながる。対策を実施する不利益と、利用者の被害防止の利益を比較考量して考えるべきで、大所高所からみればこの取り組みは推奨されるべきものだ」と指摘する。【宗岡敬介】