100年以上続く北海道内最古の映画館「大黒座」(浦河町)で、2代で途絶えていた看板猫が復活した。3代目の名前はすくちゃん(雄、生後7カ月)。ほぼ居眠りしていた初代と、地蔵のように動かないことから置物と間違われていた2代目に代わり、人見知りしない性格で子供からお年寄りまで地域の人気者になっている。
だが、赤字続きで「ずっとどん底」という映画館の肝心の来客は、厳冬期に入りますます低迷。すくちゃんは首を長くして活躍の日を待っている。
大黒座に初代看板猫が定着したのは約10年前。シャム猫のような見た目の地域猫ちーたん(雌、本名チビ)がロビーに居座るようになり、名物猫になった。
ちーたんは7割方、ロビーの座布団の上で眠っていたが、リラックスする姿が人々を和ませた。
2019年にちーたんが天国へ旅立つと、館主の三上雅弘さん(73)と妻佳寿子(かずこ)さん(56)の家猫トラちゃん(雌)が2代目に。しかし老齢だったトラちゃんは、木戸(チケット窓口)に座っては微動だにしなかった。
そのトラちゃんも数年前に寿命を迎え、大黒座から猫の姿が消えた。
再び大黒座に猫が登場したのは24年5月ごろ。春先に道内の牧場へ嫁いだ三上夫妻の三女から「4月に野良猫が牛舎で3匹出産した」と連絡があった。
1匹はすぐに息を引き取り、2匹目はキツネかアライグマに連れて行かれた。残ったのがすくちゃん。「死なれては困る」と慌てて三上夫妻が引き取り、映画館横の自宅で育てた。
「すく」という名前には、「すくすく育つように」との願いが込められている。
順調に育ったすくちゃんは家の外へ出たがるようになった。大黒座前のベンチに腰掛けて客を迎えたり、ロビーをうろついたり。通りがかりの子供たちにねだられれば、リード付きで散歩にも付き合っている。
これまで3度、上映直前の客席に潜り込み、客に抱きかかえられて出てきたことがある。その度に「すくちゃんも映画見たかったんだねー」「すくちゃんも一緒に見るかい?」などと声をかけられ、周囲を笑わせた。
3カ月ロングランも招く?
大黒座は1918(大正7)年創業。地元浦河町は江戸時代に干しナマコや昆布などを運ぶ北前船が往来し、旅芸人も訪れる交易地だった。
創業者は雅弘さんの曽祖父、辰蔵氏で本業は大工。人を集める職業柄、自宅に芝居一座や浪曲師を招くようになり、自ら海沿いに木造の演芸場を建てたのが大黒座の始まりだ。
現在は4代目館主の雅弘さんと佳寿子さんが全48席のミニシアターを切り盛り。上映は1日4回で、社会派ドキュメンタリーから国内外の人間ドラマ、娯楽作まで扱う。
ただし、都市部から遠く離れた人口約1万1000人の小さな街。客が来ない日や、1人のみの上映回も珍しくない。
そんな大黒座で、24年7月から異例の3カ月ロングランが発生し、一時は「招き猫か!?」とすくちゃんに期待がかけられた。
だが間もなく降雪の季節となり、客足は減少。昔から大黒座は赤字続きだが、館主夫妻はなんとか街の貴重な文化のともしびを絶やさぬよう、経営するクリーニング店の稼ぎで補塡(ほてん)している。
それでも2人に、すくちゃんを集客道具にするつもりはない。
SNS(ネット交流サービス)でもすくちゃんについて自ら発信することはないが、「こだわっているわけではなく、ただやっていないだけ」。
携帯電話を持たない超アナログ派な雅弘さんは、のんびりした様子でそうほほ笑む。「猫は自由だから。自然に過ごしてくれれば、それでいい」
大黒座の過去上映作には「猫が教えてくれたこと」「ねことじいちゃん」など、猫が登場する作品も少なくない。これは、猫好きの雅弘さんが無意識にセレクトした結果という。
25年も、ベルリン国際映画祭などで話題を呼んだドキュメンタリー作品「五香宮(ごこうぐう)の猫」(想田和弘監督)が上映される予定だ。
水曜定休。すくちゃんは現在、2日に1回程度の出勤だが、スタッフに声をかければ、自宅から連れてきてくれることも。上映スケジュールは公式サイトで紹介している。【伊藤遥】