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「命の終わりとは」問う 溝渕雅幸監督「近江ミッション」10日公開

毎日新聞 2025年1月8日 17時42分

 滋賀県近江八幡市にあるホスピス病棟に入院した患者たちの最後の日々を記録したドキュメンタリー映画「近江ミッション 願いと祈りと喜びと」が、10日からTOHOシネマズ日本橋(東京)を皮切りに全国の劇場で順次公開される。全国各地のホスピスを撮り続けてきた溝渕雅幸監督(62)の5作目で、余命宣告を受けた患者たちの人生最後の「願い」と、それをかなえようとする医師らの奮闘を丹念に捉えた。季節のうつろいや地元の祭りの風景を捉えた映像も随所に差し込まれ、静かながらも心の奥底に響く作品に仕上がっている。

 映画の舞台は、近江八幡市にあるヴォーリズ記念病院。ホスピスや緩和ケアに力を入れており、2022年11月にホスピス病棟を新たに移転した。溝渕監督はそれから約1年半にわたってカメラを向け続けた。この病院を取り上げるのは、デビュー作以来約10年ぶり。移転後の病棟を記録することで緩和ケアや医療の進歩を見つめることが当初のねらいだったが、実際に病棟を訪れてみると「そんなことは吹っ飛んだ」という。

 当時はコロナ禍のまっただ中。外部との交流は遮断され、ホスピスはさながら「閉鎖病棟」のようになっていた。「患者さんたちが抱く願いはコロナ禍前と変わらないのに、それが制限されている状況だった」。映画のテーマは終末期の患者たちの人生最後の「願い」と、制限の中でもそれをかなえようとする医師らの奮闘に変わっていった。

 「一過性のものや個人の物語より、普遍的なものを撮りたい」。その言葉の通り、映画に登場する人々の願いは「最後に孫に会いたい」というようなごく普通のものだ。誰しもが抱きうる願いを丹念に記録することに主眼を置き、特定の人物を主人公にすることを避けた。インタビューや顔のアップは一度も登場せず、カメラが被写体に近づくことすらない。「患者さんたちに『非日常』感を与えてはいけないと、現場では私を含めたスタッフの気配を消すように努力していた」と明かしつつ、「人々の願いや祈りという普遍的なものを主人公にしたかった」と語る。

 溝渕監督は13年に今作の舞台と同じ病院を追ったドキュメンタリー映画「いのちがいちばん輝く日」で映画監督としてデビュー。以来、全国のホスピス病棟を題材にドキュメンタリー映画を撮り続けている。だが「医療映画を撮っているわけではない」。一貫しているのは「命の終わりとは何か」という問いかけだ。丹念に記録することで、「幸福の本体」を探し続けているという。

 原点にあるのは、夕刊紙で事件記者として働いていた頃の経験だ。記事を書く中で、一つ一つ違うはずの人々の死が記号的に処理されているという強い違和感を持ち、約20年前からホスピスや緩和ケアへの取材を始めた。

 溝渕監督は今後もホスピスを題材にした映画を製作し続けるつもりだ。「病の中であっても人々には『普遍的で不変的』な願いや希望があり、それがかなってほしいという周りの人々の祈りもある。近親者の死を経験していない若い人たちに映画を届けられれば」【田辺泰裕】

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