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街角に現れる謎の「サックス侍」 風貌と音色で話題、その正体は?

毎日新聞 2025年1月12日 15時30分

 名古屋市の街角に現れる謎の“侍”がいる。編みがさで頭をすっぽり覆い、着物姿でサックスを奏でる。その謎めいたいでたちや、澄んだ音色に魅了される人も多く、名古屋の新たな「観光スポット」となりつつあるという。早速会いに行ってみた。

 昨年12月初旬、「サックス侍」は同市昭和区の鶴舞公園にいた。寒空の下でサックスを握る侍。実際に見ると不思議な光景だ。わらで編まれた「浪人笠」をかぶり、顔が見えそうで見えないところも想像力をかき立てる。

 演奏が始まり、流れてきたのはMISIAの「アイノカタチ」や、中島美嘉の「雪の華」などバラードの数々。柔らかな音色に思わずうっとり。気が付くと、吸い寄せられるように集まってきた人たちの輪ができていた。

 サックス侍の正体は、名古屋市で暮らす40代男性。妻と長男、長女の4人家族で、昼間は会社員として働き、夕方から街角で演奏しているという。

 聴きほれてしまう音色だが、サックスはほぼ独学。楽譜もほとんど読めない。中学時代に聴いた米国のサックス奏者、ケニー・Gの演奏に衝撃を受け、大学生の時に楽器を買って演奏を始めた。卒業後に路上に立つようになったが、当初は普通のストリートミュージシャンのように顔を出して演奏していた。

 ただ、無名のサックス奏者に世間は冷たかった。「誰も立ち止まってくれず、心が折れそうでした」。それでも練習を重ねて路上に立ち続け、1年ほどたったある日、中年女性から声を掛けられた。「実は夫が重い病気で告知されたばかりで。とても感動しました」と涙を見せたという。

 「自分の音楽で誰かに寄り添うことができる」。そのことに気付いた瞬間だった。演奏できない時期もあったが、子育てが一段落したのを機に、再び路上でサックスを握った。

 侍姿に変身したのはコロナ禍がきっかけ。飛沫(ひまつ)防止の対策は欠かせないが、フェースシールドも味気ない。元々歴史好きで、侍に憧れがあったこともあり、かさで顔を隠すスタイルを思いついた。すると、その謎めいた姿と、奏でられる繊細な音色が話題を呼んだ。

 侍姿で活動を始めて約4年。SNS(ネット交流サービス)の総フォロワー数は10万人を超える。「人間パワースポット」などと呼ばれ、今では遠方から訪れる人までいる。演奏後には、記念撮影やサインを求める人で列ができていた。

 しかし、気温10度を下回る中、着物での演奏はつらくないのか。「寒さより、夏の暑さのほうがきついです。待ってくれている人がいるので、暑さも耐え忍びました」と明かしてくれた。

 「音楽は人生そのもの。毎回、心を込めて全力です」と言い切るサックス侍。最後に、夢を聞いてみた。「名古屋の人間観光地です。ガイドブックにも登場できたら」

 そんな日も、そう遠くはなさそうだ。【田中理知】

サックス侍

 名古屋市昭和区の鶴舞公園を中心に、駅前など市内外で夕方から演奏。依頼を受け、他県で演奏することもある。詳細はインスタグラム(@saxsamurai)で。

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