掲載料を目的にずさんな審査で論文を掲載する「ハゲタカジャーナル」とみられる粗悪な学術誌が、生成AI(人工知能)を使って「フェイク論文」を作成し、その著者として日本の研究者3人の名前を無断で使っていることが、毎日新聞の取材で判明した。3人はいずれも学術誌側との関係を否定。ハゲタカ誌による生成AI悪用の被害が日本人研究者に広がっていた。その狙いはどこにあるのか?
偽論文を載せていたのは、バルセロナとブリュッセルに拠点を置くと称する学術出版社。森林生態学や水管理などの分野の論文をウェブサイトで公開している。論文掲載前に査読(内容チェック)があるとしているが、ハゲタカ誌を発行している可能性のある世界の出版社について米国の専門家がまとめたリストに、同社も名を連ねている。
この学術誌が2012~24年に掲載した全352本の論文を調べたところ、少なくとも3本の著者が、実在する日本人研究者の名前になっていた。3人はそれぞれ取材に「論文は自分のものではない」などと説明。名前を無断使用されたことを明かした。
3本の論文について、毎日新聞は、文章が生成AIで作られたかを調べる判定ソフトの開発に取り組む国立情報学研究所の越前功教授(情報セキュリティー)に分析を依頼。その結果、3本とも「生成AIが作ったと考えられる」と判定された。
ハゲタカ誌に詳しい同志社大の佐藤翔教授(図書館情報学)は学術誌側の目的について「権威づけのため、実在する著名研究者の論文が掲載されているように装ったのでは」と分析。「(論文投稿者による)生成AIの悪用は警戒されていたが、出版社が自誌の掲載論文を生成するのは予想外だ。今後、より悪質な使用例も出てくると考えられる」と指摘する。
追加料金で掲載前倒しも
一方、サイトの記載によると、この学術誌が徴収する論文掲載料は2200ドル(約34万6000円)。投稿から掲載まで平均55日かかるが、追加で99ドル(約1万5600円)払えば10日程度に短縮可能としている。
23年に掲載された論文57本のうち、複数の著者による共著論文5本は、越前教授の分析の結果、いずれも「人間が作った」と判定された。単著論文はAI、共著論文は人間という傾向から、共著論文の投稿者たちが、研究業績を手軽に得るためにこの学術誌を利用している可能性も考えられる。
サイトには海外の研究者28人が編集委員として掲載されていた。このうち取材に応じた複数の研究者は「何度も名前の削除を求めている」「彼らとやり取りしたこともない」などと説明した。サイトに記載された、刊行物に付く国際識別子「ISSN」も、名前の似た正規の学術誌の識別子を転載したものだった。
毎日新聞はこの出版社にメールで質問したが返信はなかった。【鳥井真平】
ハゲタカジャーナル
論文掲載の可否を決めるチェック(査読)が不十分だったり、無許可で著名研究者の名を編集委員として記載したりと、問題のある粗悪なオンライン学術誌。数万~十数万円程度の料金を支払えば、書いた論文がそのまま掲載されるケースもある。簡単に研究業績を得る手段として世界中で広がっており、日本人の利用も後を絶たない。また、研究者がそれと知らず投稿してしまう場合もある。