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直木賞作家・今村翔吾さん開設 客と棚主つなぐ「ほんまる神保町」

毎日新聞 2025年1月14日 14時0分

 日本最大の“本のまち”にある地上1階地下1階の店内は、無垢(むく)のツゲの木で作られた本棚で四方を囲まれていた。

 東京都千代田区のシェア書店「ほんまる神保町」。時代小説で知られる直木賞作家、今村翔吾さん(40)が書店業界に新風を吹き込もうと、2024年4月に開設した。

 店長は、城の本丸を預かるいわば城代家老。どんな理論肌の文学青年が現れるのか。そんな興味と共に訪れると、出迎えてくれた下川晴さん(25)は「20歳を過ぎるまで、本を読むことなどほとんどありませんでした」と爽やかにほほ笑んだ。

 月決め料金で幅約50センチ、縦と奥行きが約30センチの本棚を貸し、「棚主」たちは自身の「推し本」を販売する。364ある棚は7割近くが契約中で、出版社など企業の借り手もある。店員の主な仕事は、その棚の管理だ。

 「秘境探訪書店」「もちふわ文庫」「御神籤(おみくじ)ブック」「大きな木の下で」「猫は本棚でまどろむ」……。それぞれの棚は、名前も個性にあふれている。「包装紙で覆い、何の本か分からない『シークレットブック』が人気です」と下川さん。「お客さんは、未知の本との偶然の出合いを求めて訪れるからでは」

 下川さんも、意図せずに手に取った1冊の本で人生が変わった。

 幼少期からプロのサッカー選手を目指してきたが、大学時代にけがをして断念した。通信会社に就職したものの「社会と自分の時間の流れ方が違う。違和感があった」と1年足らずで退社した。

 北海道でホタテの種付け作業をするなど、人生を模索する日々。退社直前にたまたま書店でキルケゴールの「死に至る病」を目にして、哲学書や文学書を読みあさるようになった。

 「本には人の人生が詰まっている。その素晴らしさに目覚め、親が心配するほど読みふけった」。日々感じたこと、自作の詩、小説などを書きつづるようにもなった。

 そんなとき、月刊文芸誌「すばる」に掲載された、当時開店準備中の「ほんまる」についての今村さんのインタビューを読んだ。「本の文化を守りたいと、これほど熱い思いの人がいるんだ」と店員に応募し、採用から半年後に店長に抜てきされた。

 どんな人が本を購入してくれたのか、棚主に聞かれることがある。どんな人が棚主なのか、お客さんに聞かれることがある。「これからも、本の好きな人たちをつないでいきたい」。2月には、全国にいる棚主が一堂に会する初の「棚主総会」が開かれる。本を通した新たな出会いが楽しみで仕方がない。【高橋昌紀】

下川晴さんお勧めの3冊

 ▽川端康成「山の音」(岩波文庫)

 ▽三島由紀夫「手長姫 英霊の声 1938-1966」(新潮文庫)

 ▽トマス・ピンチョン「重力の虹」(新潮社)

ほんまる神保町

 東京都千代田区神田神保町2の23の5。電話03・6272・9940。開店時間午前11時半~午後7時。年末年始など休み。

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