どこかで見たような漫画キャラクターからオリジナルらしいヘタウマキャラクターまで、ポップ広告に描かれた巧拙さまざまなイラストから「本への愛」が猛烈に伝わってくる。「本屋大賞!」「どんなヤツなんだ!」「ぜひ手にとって」。添えられた言葉も熱い。
2018年にオープンした埼玉県川口市の「本屋さん ててたりと」は50平方メートル足らずのスペースで、品ぞろえは4000冊ほど。ジャンルのこだわりもない。「売りたい本を店員たちが自由に選んでいます」と事業会社の代表、竹内一起さん(52)。さらに、こう明かした。「この店、実は店長がいないんです」
正式には、障害者自立支援法の定める「就労継続支援B型事業所」に分類される。目的は、障害者に仕事の場を提供すること。店員は事業所の「利用者」であり、60人が登録している。
「働きたいときに利用する。来店者が1人なのに店員は20人という日もある」。利用者の約7割が精神障害で、知的、身体障害の人もいる。パンや菓子などを製造・販売する事業所は数多くあるが、竹内さんは「本の販売は全国初では。発注や紹介、レジ打ち、清掃、販売営業と、好きな仕事、得意な仕事をしてもらっています」という。売り上げの利益は、すべて利用者たちに分配されている。
竹内さんが福祉の道に進んだきっかけは30代半ばのとき、統合失調症で施設に入っていた弟が寒い日に外出先で亡くなったことだった。大きなショックを受けた。
弟がいた施設の精神保健福祉士らとやり取りするうちに福祉に興味を持ち、同じ国家資格を取得。大学時代からなじみのある川口市で障害者の就労支援などに携わってから、自分の事業所を開くことになった。
印刷会社に勤めた経験があり、出版業界には詳しかった。「本は食品と違って腐らない。誰が売っても内容は同じ」。そんな目算の一方で、読書文化の一端を担うことに意味があるとも感じた。だから「とりたてて(意味はない)」をひっくり返し、「ててたりと」と命名した。
新型コロナウイルス感染拡大が深刻だったころ、思わぬ反響があった。大型書店などが休業する中、「(障害福祉サービス事業所は)事業継続が基本」とする厚生労働省の方針もあり営業を続けた。地域の本好きを中心に評判が広がり、販売サイトを使わず本の取り寄せを注文してくれる人も増えた。
今では地元コミュニティー局・FM川口の番組で週1回、専門コーナーを持ち、利用者がお勧めの1冊を紹介している。
「パンや菓子ではなく、本を売りたい障害者もいる。ここがあることで、障害者の職業選択の幅が広がる」と竹内さん。売れ筋にはこだわらず「障害者の居場所を守っていきたい」と力を込めた。【高橋昌紀】
「ててたりと」利用者一同お勧めの3冊
▽田村由美「ミステリと言う勿れ」(小学館)
▽米澤穂信「満願」(新潮文庫)
▽原作・石ノ森章太郎/作画・佐藤まさき「風都探偵」(小学館)
ててたりと
埼玉県川口市上青木西5の25の17。電話048・423・4858。開所時間は月~土曜の午前9時45分~午後5時。時間などは変更の場合もあり。