からっと晴れた上州の空へ、高さ4メートルほどのモミの木が1本、すっくと伸びていた。ワークショップの一環として、5年前に子供たちと植樹したという。
「100年後には大きな木陰もできるでしょう。その下で人々が憩う。『絵本みたいな場所』を目指しています」。小見純一さん(66)がほほ笑んだ。
前橋市の敷島公園に近い住宅街にある「フリッツ・アートセンター」。赤いドーム型の建物の入り口をくぐると、紅白模様のロケットの大きな模型が出迎える。奥に広い店内の両壁に書棚が置かれ、絵本がぎっしり。絵本のキャラクターグッズも販売されている。
土手向こうに利根川が流れ、はるかに望む榛名山が裾野を広げる。最寄りのバス停から10分以上歩くが、小見さんは意に介さない。「ここは自然との境界。良い町には『奥』があるものです」
小見さんは前橋市の中心商店街のミシン店に生まれ、近くの書店やレコード店、映画館などが遊び場だった。青年期は世界を放浪してポップカルチャーに浸り、1982年に故郷に戻って3年後に喫茶店を開業。米国ニューヨークの老舗クラブ「リッツ」から名前を取った。
ただ、当初から目標は本屋だったという。目指すはアートの発信地。映画鑑賞会や読書会を開きながら資金をため、8年後に夢をかなえた。
かつてのにぎわいを失っていた前橋だが「損得の外にあるのがアートで、人が集まる本屋は『町の要石』。利益がとんとんであっても、本を売るおじさんは必要」と説く。
A・A・ミルンの児童小説「くまのプーさん」の原画展が人気を呼び、絵本が店づくりの中心となっていった。展示スペースを使った原画展を年6、7回実施。訪れた日は「100万回生きたねこ」で知られる絵本作家、佐野洋子の作品原画が展示されていた。自然と作家らとの交流が深まり、荒井良二、ミロコマチコらのオリジナル作品が店内を飾る。
小説家で県内在住の絲山秋子が、仕事場「絲山房」を設けたことでも話題を呼んだ。店内に本棚で四角に囲まれた一角があり、不定期で現れる絲山が中に置かれた机で執筆する。
「読書という経験に無駄はない。本屋は偶然の出合いの場を提供するし、教育の場でもある」。立ち読みは自由だが、本をきちんと扱うことが大事なルール。客層は親子連れ、カップルなどが多い。母親が幼子に読み聞かせをする姿には心も温まる。
「過去の幸せな経験は未来につながっていく。子供たちに本の『記憶』を贈りたい」。次はレモンの木を植えるそうだ。実った果実を搾ってみんなでジュースを飲みたい、という。【高橋昌紀】
小見純一さん選
▽佐野洋子「ぺこぺこ」(講談社)
▽ジャンニ・ロダーリ/絵・荒井良二「空はみんなのもの」(ほるぷ出版)
▽吉田尚令「このほしのこども」(あかね書房)
フリッツ・アートセンター
前橋市敷島町240の28。電話027・235・8989。開館は午前11時~午後6時。火曜休館(祝日の場合はその翌日)。