13日は「成人の日」。各地で開かれる式典では、二十歳(はたち)の人たちを中心に華やかな衣装に身を包んだ若者の門出を祝う。だが、中には虐待や親の不在などで経済的な困難に直面し、節目の振り袖を諦める女性たちもいる。そんな現状に問題意識を持った福岡市の大学生が、希望者に振り袖で記念撮影する機会を提供する活動に奔走している。きっかけは友人の一言だった。
西南学院大(福岡市)4年の春岡茉奈さん(21)。中学生の時に、さまざまな理由で困窮下にある母子を保護する「母子生活支援施設」で暮らし、高校3年からは約1年半、母親と離れて「自立援助ホーム」で過ごした。施設で出会った友人の多くは、公的な援助を受けながらアルバイトをして生活。春岡さんは振り袖に憧れ、アルバイトを三つ掛け持ちして夢をかなえた。
一方、周囲ではレンタル代や写真撮影代など計10万~数十万円にのぼる費用を理由に、振り袖を諦める姿を目の当たりにした。ある友人は「振り袖を着たいけど、そんなお金があるんだったら、将来自立するために使う」とこぼした。「『どんな振り袖にしようか』ではなく『振り袖を着るかどうか』から考えないといけないなど、生まれた環境で人生経験に差が出るのはおかしい」。そう考え、女性たちを支援する学生団体「美華音―Mihane―(みはね)」を2023年に立ち上げた。
メンバーは春岡さんら福岡県内の大学に通う女性7人。支援の対象は、経済的に親を頼れない成人を迎えた女性。施設出身者かどうかは問わない。応募した女性は好みの振り袖を選び、着付けやヘアメークをして希望の場所で撮影する。市内の貸衣装店と美容室の協力により、レンタル代や着付け代は無料。美華音はカメラマン代や着用した振り袖のクリーニング代などを合わせた4万~5万円ほどを支援し、その資金は、学生の立案した活動を支える西南学院大の補助金などでまかなう。
これまでに6人を支援。撮影に同行する春岡さんは、女性に花束を渡すなど場を盛り上げる役割も担う。それは、春岡さん自身が振り袖を着た時、他の人たちが家族や親族と共に祝っている光景を見て感じたさみしさが少しでもなくなるように、との心遣いでもある。24年2月に撮影した、児童養護施設出身の女性(21)は「振り袖の費用が高くて諦めていたが、忘れることのない一生の大切な思い出になった」と話す。
春岡さんは、親から虐待されたり、乳児院から施設で長く過ごしたりしてきた女性たちに、つらいことも自力で乗り越えようとしてきた精神的な強さを感じる。それでも、一人で抱え込まず誰かの支えによって実現できることもある、との思いで活動してきた。「社会も捨てたもんじゃないと感じてもらえたら」とはにかむ。
美華音では25年は2人の撮影を予定。春岡さんは大学卒業後も児童福祉関係の仕事をしながら活動を続けるつもりだ。今後は、振り袖以外に七五三やウエディングの撮影も支援対象として検討している。
一方、施設で過ごす子どもや施設出身の若者に対する社会的な認知が低いとも感じる。「虐待や施設などの言葉はニュースや教科書だけにあるわけじゃない。私たちの活動が、そんな境遇の人が身近にいると気づいてもらうきっかけになるといい」と春岡さん。「誰もが『誰かから大切にされている』と感じるよう、思い出作りを支えたい」【田崎春菜】
施設など出身の3割超 生活費・学費に不安
こども家庭庁によると、児童養護施設や母子生活支援施設など社会的養護を受けて暮らす子どもは全国に約4万2000人(22年度)。01年以降で最多の約4万6700人(09年度)からは緩やかに減少しているものの、数は依然高止まりしている。
児童養護施設などから巣立った若者(ケアリーバー)は、頼れる大人がいない中で自立を迫られ、困窮するケースは少なくない。施設の退所者などを対象とした厚生労働省の調査(20~21年、回答約3000人)によると、現在の暮らしで困っていることや不安なこと(複数回答)について「生活費や学費」とした割合が33・6%で最多だった。実際に月々の収支については22・9%が「赤字」としていた。
日々の生活に追われ、進学より就職を選ばざるを得ないとみられる状況も浮かぶ。こども家庭庁によると、22年度末に高校などを卒業した人(約100万人)のうち大学などへの進学率(23年5月現在)は57%(約60万人)を占める一方、児童養護施設児(1697人)に限ると20・9%(354人)にとどまる。
そんな中、国も対策に乗り出し、新たに24年度から、児童養護施設などで暮らす子どもの大学や短大などの受験にかかる受験料や交通費などについて、1人あたり最大15万8000円を支給する。就職や大学進学などの支度費の補助は拡充し、保護者から援助が得られない場合の加算分を約20万円(23年度)から約40万円に倍増。子どもたちの自立を後押しする。【田崎春菜】