インターネット通販や電子書籍の普及で姿を消す「まちの本屋さん」の復活を目指して開店した書店が神奈川県真鶴町にある。中村竹夫さん(50)と妻の道子さん(36)が営む「道草書店」。東京から少子高齢化の町に移住してきた2人だが、「本を買えなくなった」という町民の声を聞き、未経験ながらもオープンに踏み切った。
箱根山の山麓(さんろく)と相模湾に突き出した半島で構成される真鶴町の面積は約7平方キロメートル。県内で2番目に小さな町だ。坂道が多く、町の随所に背戸道(せとみち)と呼ばれる細い生活道路が住宅や店舗の間を縫うように伸びている。そんな町の駅近くにあるのが道草書店だ。
元は電器店だったという店舗の1階には文芸書や実用書などオールジャンルの新刊1500冊などが並ぶ。一室を「こども図書館」として開放し、客が本を読めるようカフェスペースもある。利用した人が書き込めるノートには「道草したら心が軽くなりました」「良い本に出会えた」などとメッセージが記されていた。
町の人口は約6500人で年々減少傾向にある。65歳以上の人口の割合を示す高齢化率は約45%。そんな典型的な少子高齢化の町に中村さん夫妻が初めて訪れたのは2019年10月のことだった。
東京で子育てをしていた2人だが、頼れる人がいない都会で孤独さを感じていた。「子供を自然豊かな場所で育てたい」。移住先を探し、長野や群馬などを検討していた。町で立ち寄ったのは「岩海岸」。全長200メートルの小さな砂浜だ。穏やかな波の音を聞きながら「ここがいいね」とすんなり2人の意見がまとまった。20年1月、当時2歳の娘を連れて移り住んだ。
娘を連れて歩くと、町の人々から「子供は宝」と喜ばれた。坂道では、近くの人が娘が登り切るのを見守ってくれる。住み始めたばかりの土地でそんな優しさに助けられたという。夫妻は次第にこう考えるようになった。「この町の人のためにできることがしたい」
20年9月、軽自動車のトランクに100冊の本を積み込んで、移動書店を始めた。「この町には本屋がない」「本の注文はどうしようかしら」。そんな悩みを聞いていたからだ。中村さん夫妻によると、18年ごろに町の唯一の書店が閉店したという。
町には井戸や道ばたなどで集まって立ち話をする「小さな人だまり」と呼ばれる生活風景がある。移動書店の初日は3時間で約30人が立ち寄った。本をきっかけに町民同士で会話が生まれる様子を見て、道子さんは「人だまりを作ることができた」と感動した。竹夫さんも「やりたかったことはこれだ」と確信した。
「いつでも本を買える場所を」。22年6月に現在の場所に店舗をオープンさせた。新聞の切り抜きを持って注文にくる常連客もできてきた。2人は「まだまだ書店としては駆け出しの時。地域の必要とする人に本を届けていきたい」と意気込む。「道草」する人々が新たな本に出会い、会話を弾ませる。そんなまちの本屋さんとして地域に根付き始めている。
道草書店は真鶴町岩259の1。午前11時~午後5時(水、日曜、祝日定休)。問い合わせは(050・3692・3793)。【横見知佳】