第172回芥川・直木賞(日本文学振興会主催)の選考会が15日、東京・築地の料亭「新喜楽」で開かれた。芥川賞に安堂ホセさん(30)の「DTOPIA(デートピア)」(文芸秋季号)と鈴木結生(ゆうい)さん(23)の「ゲーテはすべてを言った」(小説トリッパー秋季号)、直木賞に伊与原新さん(52)の「藍を継ぐ海」(新潮社)が選ばれた。安堂さんは3回目、鈴木さんは初、伊与原さんは2回目の候補での受賞。贈呈式は2月下旬に東京都内で開かれ、正賞の時計と副賞の100万円が贈られる。
安堂さん マイノリティー問題を小説に
東京都生まれ。2022年「ジャクソンひとり」で文芸賞を受賞し、デビュー。同作は第168回芥川賞候補に、第2作も第170回の同賞候補に挙がった。海外にルーツを持つミックスやゲイといったマイノリティーが直面する問題を小説のテーマにしてきた。受賞作は、仏領ポリネシアの島で繰り広げられる国際的な恋愛リアリティーショー「デートピア2024」で幕を開け、日本から参加した男と追加キャストの一人との約10年前の物語がつづられる。暴力やジェンダー、差別、植民地といったテーマを重層的に織り込んだ小説だ。
都内で開かれた記者会見で、安堂さんは受賞の感想を問われ、「あ、うれしいです」とにこやかに応答。選考委員の島田雅彦さんに「テーマがてんこ盛り」と講評されたことについて、「完成度は無視して書きたいように書いてみるのが、今回の挑戦だった」とし、「意外と何を入れても小説は壊れない。自分のなかで小説の可能性が広がった」と手応えを表した。
鈴木さん 英文学専攻の大学院生
福島県郡山市出身。西南学院大卒。現在同大大学院に在籍し、英文学を専攻。牧師の家庭の一人息子として生まれ、聖書を読んで育った。24年、林芙美子文学賞佳作を受賞した。今回の受賞作は、ゲーテ研究の第一人者が主人公。あるとき、ゲーテの名言とされる言葉に出合うが、それがゲーテの言葉かどうかの確証が得られず出典を探す。学問研究や言葉、多様性などをめぐる知的なやり取りがつづられる。同時に同僚の不祥事や家族のドラマも描き込まれ、たくらみに満ちたアカデミックな小説になっている。
2日前までインフルエンザで倒れていたという鈴木さんは「たくさん変な夢を見て、これもその続きなんじゃないかと疑っていますが、いい夢なので続いてほしい」と第一声。今後書きたい作品については「古くて新しい愛の物語を書く者でありたいとずっと思っている。絶えず勉強して書いていきたい」と意気込みを語った。
伊与原さん 作品ドラマ化で話題
大阪府吹田市生まれ。東京大大学院理学系研究科で地球惑星科学を専攻し、博士課程を修了。富山大助教を経て、10年に「お台場アイランドベイビー」で横溝正史ミステリ大賞を受賞し、デビュー。研究者の道を断って、作家に専念した。「月まで三キロ」で新田次郎文学賞などを受賞。昨年には定時制高校の科学部を舞台にした「宙わたる教室」がドラマ化され、話題を呼んだ。受賞作は継承をテーマに、地域の姿を描いた短編集。徳島の海辺の町でウミガメの卵をふ化させて育てようと奮闘する中学生が主人公の表題作など5編が収録されている。
伊与原さんは「くすぶっていた地球科学研究者だった自分が、ひょんなことから小説を書き始めて、気が付けば、こんなところまで来てしまった。不思議な気持ちです」と感慨深げ。研究者を辞めた時は「心配した同僚もたくさんいた」というが、「直木賞をいただいたよ、と笑顔で言えます」と喜んだ。【棚部秀行、松原由佳】