「そもそも、密教って何?」。こんな問いかけから始まる入門書「学びのきほん みんなの密教」(NHK出版、税込み825円)を、愛媛県今治市の四国霊場第57番札所・栄福寺の白川密成(みっせい)住職(47)が出版した。真言密教の住職として、日々の生活でも実感することの多い空海(弘法大師)の教えを捉え直した。「宗教に興味のない人にこそ読んでほしい」という。
密教は、インド発祥の仏教の一部である秘密仏教のこと。同書では、自分勝手な「自我」と、物事に執着する「煩悩」に向き合い、あらゆる人々をさとりに導くという大乗仏教の思想が日本に長く根付いていったと紹介している。
白川さんは高野山大学密教学科を卒業後、愛媛県内の書店で勤務。その後、先代の住職だった祖父の死去に伴って24歳で栄福寺住職になった。かけがえのない当時の体験を、コピーライターの糸井重里さん主宰のウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」に連載し、2010年に「ボクは坊さん。」(ミシマ社)として出版。15年に映画化された。新型コロナウイルス禍を挟んで約1200キロの歩き遍路を達成し、23年に「マイ遍路 札所住職が歩いた四国八十八ケ所」(新潮新書)を著した。共著を除き7冊目となる今回の本は、イラストを交えて密教をわかりやすく解説。ブックガイドもついている。
密教の寺の不動明王などが怒った顔をしているのはなぜか。「怒り」は、密教の特徴の一つだ。白川さんによると、経典では「すべての生きとし生けるものはありのままの真実の姿であるから、それに対する怒りもありのままの真実」とされている。「人間が本来そなえている姿を抑え込むのではなく、むしろ利用するというのは密教らしい」と白川さん。怒りもまた、さとりに向かわせるパワーだという。
密教は土俗の信仰と融合し、八百万(やおよろず)の神々を受け入れる神仏習合の中で定着してきた。支配層だけでなく、民衆の心をどのようにつかんでいったのか。白川さんは「密教の世界観の中で、そもそも土着の神々が排除されるような存在でなかったことに加え、既存文化を否定せず用いることで、『自分たちの生活につながる話だ』と受け入れてもらえた側面がある」と考えている。
空海は「密教の固有性」は守りながらも、元からある文化と混じり合うことを認めた。「世界は元来、混沌(こんとん)としているのだから、それを無理に動かすことに意味はないと思ったのではないでしょうか。今を生きる私たちが失ってしまいがちな、大切な感覚です」と強調する。
「密教は、人間の持っている生命力を発揮するための、エネルギッシュな明るい教えです。この本が、そういった生活を送りたいと願う『みんな』の一助になれば」。白川さんの願いだ。【松倉展人】