福島県南相馬市のJR常磐線小高駅から西へ延びる道路を、まっすぐ歩いて2分。商店や住宅の間に空き地が散在し、日中も歩く人は少ない。そんな通り沿いに、芥川賞作家の柳美里さん(56)がオーナーを務めるブックカフェ「フルハウス」が店を構える。
道路に面した大きな窓のそばに、カフェスペースがある。書棚でまず目を引くのは、柳さんと交流のある人たちが選んだ本を置いたコーナー。歌人の俵万智、作家の中村文則、ロックバンド「クリープハイプ」のボーカル・ギター、尾崎世界観ら約35人お勧めの各20冊と、寄せ書きが並ぶ。
残りは、柳さんとパートナーで店長の村上朝晴(ともはる)さん(41)が開店時に選んだ本が中心となる。新刊ベストセラーや雑誌はほとんどないが、村上さんは「良い本を置いています」と胸を張る。
陳列は「文脈棚」と呼ばれる手法。ばらばらのジャンルの本が、テーマやイメージで緩くつながって並ぶ。冒険家、神田道夫の姿を描いた石川直樹のノンフィクション「最後の冒険家」のそばに、恩田陸の小説「夜のピクニック」や林明子の絵本「はじめてのキャンプ」、といった具合だ。
訪れた人に店員が「いらっしゃいませ」でなく「こんにちは」と声を掛けるアットホームな雰囲気。一度扱った本は売れるたびに繰り返し書棚に置き、来店者と会話が弾む中で教えてもらった本を取り寄せて並べることもある。
村上さんは「お客さんがうちの本棚を見て思いついた本なら、間違いないですから。お客さんと一緒に本棚をつくっている感じです」と言う。
小高区は、東京電力福島第1原発から20キロ圏にある。2011年の事故直後に避難指示が出され、16年7月の解除まで5年以上にわたって一帯は居住者がいなかった。
神奈川県に住んでいた柳さんは避難解除の2年後、購入した中古住宅を改装し、「フルハウス」を開業した。きっかけは、柳さんが震災後に地元の臨時災害FMでパーソナリティーを務め、600人近い被災者の話に直接耳を傾けたことだった。小高に通う高校生や住民のために「居場所をつくろう」と考えたという。
20年には増築し、カフェも始めた。現在の来店者は、地元と遠方客が半々。地元の老若男女が、おしゃべりしながらランチを楽しむ光景も珍しくない。
柳さん自身が、本に救われてきた一人だ。いじめを受けていた小学生時代、図書室で借りた本を読みあさった。「本や本の登場人物は友達であり避難所だった」と振り返る。
エッセー集「新版 窓のある書店から」のあとがき(21年執筆)では、フルハウスや小高周辺の現状を紹介する中でこうつづる。
「世界は一つではない、世界は無数にある、ということを空間として表せる場所が、書店であり図書館だと、わたしは思っている」
住民の多くが避難先に生活基盤を移した。現在の居住人口は約3800人で、震災当時の3割にとどまる。読書離れも進む。それでも「本を必要としている人は潜在的に必ずいる」と柳さん。「これからも日々お店に来てくれる人を大事にしていきたい。それに尽きます」と、2人は口をそろえた。【尾崎修二】
村上朝晴さんお勧めの3冊
▽長田弘「すべてきみに宛てた手紙」(ちくま文庫)
▽サン=テグジュペリ「戦う操縦士」(光文社古典新訳文庫)
▽ソーントン・ワイルダー「わが町」(ハヤカワ演劇文庫)
フルハウス
福島県南相馬市小高区東町1の10。開店は火~土曜の午前11時~午後6時(カフェのラストオーダーは同4時半)。日、月曜定休。臨時休業などはX(ツイッター)やホームページで発信。