「ザクッ、ザクッ」。彫刻刀を木材に一振りするごとに、潔い刀痕が動物などの表情を浮かび上がらせていく。小気味よい音が響く三重県玉城町の実家兼工房で、伊勢一刀彫職人の太田結衣さん(36)が真剣なまなざしで彫刻刀を握っていた。一度の刻みがそのまま仕上がり面になる「一刀両断」を意味する「一刀」。その一刀をふるうのだ。
伊勢一刀彫は江戸時代、伊勢神宮の式年遷宮などで全国から集まった宮大工が、残った材木を使って恵比寿(えびす)大黒などを彫ったのが始まり。古くから伊勢には根付師が多くいたこともあり、優れた彫りの技術が受け継がれてきたという。伊勢神宮で授与される一刀彫の干支守(えとまもり)は、神宮林のクスノキで作られ、縁起物として根強い人気がある。
一刀彫は、磨きはせず、彩色も最小限にして刀痕を残し、木目を生かす。粗削りで大胆な造形の中にも温かみや素朴さが宿っている。「森羅万象を大切にして、人間の手をなるべく入れないという和の精神が込められている」。太田さんが語る一刀彫の魅力だ。
高校時代に造形物の面白さ実感
幼少期から油絵や編み物など手を動かすことが好きだった。高校の卒業制作で、初めて立体物に挑戦。自身の等身大の石こう像を完成させた時、その場の雰囲気を変える造形物の面白さを実感した。多摩美術大彫刻学部の3回生だった2008年、就職活動を前に、頭に思い浮かんだのは、伊勢神宮の干支守。伊勢市内に住む祖父が集めたもので、幼いころにおもちゃとして遊び、干支の名前も覚えた。
そこで、インターネットで制作者を検索したが見つけることはできなかった。当時干支守を作っていた三重県在住の職人、岸川行輝(ゆきてる)さんを知る知人を通して、伊勢一刀彫の存在を知り、弟子入りを決意した。
自身の屋号「一刀彫結」のテーマは「そこにあるだけで『ほっこり』できるような一刀彫を」。人と暮らしに寄り添い、気持ちが豊かになるものを作りたいという思いから、目が合うように作品の顔は上向きのものが多いという。
気持ちと素直に向き合うのは作品だけではない。クスノキは「薬の木」が語源という説があり、蒸留させることで取れる結晶「樟脳(しょうのう)」は天然の防虫剤や鎮痛剤として古くから使われてきた。
端材集め作品に
製材時に出た余分を廃棄することに抵抗があったことから、そこに着目。端材から集めた樟脳を使用したエッセンシャルオイルなどの商品化を目指し、23年にクラウドファンディングを実施した。目標の3倍以上の資金が集まり、「暮らしにこだわりをプラスする」という意味を込めて「kurasiko+」と命名したブランドを設立。「自然の命を頂いてできる伝統工芸品だからこそ、少しでも命を循環させたい」という思いが形になった瞬間だった。
今年で職人歴16年目。1年目に初めて作った干支の卯を手にした地元住民の「きれい過ぎる」という言葉を忘れない。当時は意味がわからなかったが、経験を積む中で一刀彫らしい荒々しさがないということだと理解した。全ての干支を彫り、「2周目」となった現在は、彫りの大胆さとデザインの「ほっこりさ」を併せ持つ作品作りを意識している。
幼いころに出合った干支守の縁で職人となり、「(伊勢)神宮さんに導かれたような気がする」と振り返る。キャリアを積むほど、家族や師匠など多くの人たちに助けられて生きていると実感し、「地元に貢献したい」という強い気持ちを持つようになった。
伊勢一刀彫を広めることは伊勢の価値を高めること。黙々とふるうノミや彫刻刀に自然と力が入る。【山崎一輝】