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自転車の施錠率96%に↑ そっと防犯促す看板 実は行動経済学の知見

毎日新聞 2025年2月1日 8時30分

 福島県内の主な駅前にある駐輪場の光景が最近、変わってきている。「自転車のカギを忘れずにかけよう 福島県警察」。ありふれた防犯メッセージに読めるが、看板は黒を基調にして文字を白抜きなどとし、中央部分には四角く黄色い背景に「忘れず」という文字を黒く浮かび上がらせる。見た目のインパクトは大きい。徐々に効果を上げつつある看板には、行動経済学の知見が生かされている。

盗難被害の約7割が無施錠

 湿った雪が吹きつける1月下旬、福島市のJR福島駅西口の駐輪場。通学のため毎日利用しているという市内の男子学生(19)は看板を見て、「黄色いデザインが目立つので、カギのかけ忘れを防げている」と話す。

 「盗難被害の約7割が無施錠の自転車なんです」。県警生活安全課の担当者は、自転車盗の実情を明かす。同課によると、2024年に発生した自転車盗は1233件で、前年同期から172件増加(前年同期比16・2%増)。発生場所は駅の駐輪場が約3割と最多で、盗まれた自転車の約7割は無施錠だったという。被害者の多くは高校生だった。

ナッジ理論に着目

 盗難被害を防ぐため、県警は「自転車の施錠」を呼びかけてきた。施錠されていれば、盗もうとする犯罪者の行動コストが増え、被害を減らすことができるからだ。ただ、呼びかけの効果は限定的だった。そこで、県警が着目したのが「ナッジ理論」を活用した防犯対策だった。

 ナッジとは、英語で「そっと後押しする」などを意味する行動経済学の概念だ。選択肢の配置や環境のデザインを工夫することで、人々の行動を無理なく望ましい方向に導く手法で、がん検診の受診率向上などにも取り入れられている。

 福島大の鈴木あい・特任准教授(犯罪科学)は「相手に命令するような従来の呼びかけとは異なり、強制力を伴わずに自然と犯罪予防の行動を促すことが期待できる」と説明する。

 県警は23年度から、鈴木特任准教授らとナッジ理論を活用した防犯対策の実証実験を始めた。今年度は24年8月下旬から12月上旬にかけて、駅前の無人駐輪場14カ所に看板を設置。人の目に留まりやすいようデザインを工夫して奨励▽社会規範▽コスト認知▽互恵性――を示す4種類のメッセージを用意した。場所ごとにメッセージの掲示期間を変えるなど、メッセージごとの効果も測定した。

施錠率 89.27%→96.6%

 その結果、14カ所の駐輪場の施錠率は、8月末から11月末にかけて、89・27%から96・6%まで上昇した。詳細については分析中だが、鈴木特任准教授は「設置した4種類のメッセージ全てで、施錠率の上昇に有意な影響を及ぼした」と手応えを感じている。

 特に効果的だったのは、「いつもカギをかけていただきありがとうございます」(互恵性)、「カギかけの1秒が自転車を守ります」(コスト認知)といったメッセージだった。

 県警によると、施錠率の上昇に伴い、看板を設置した駐輪場の盗難件数は減少しているという。現在は利用者へのアンケートを実施しており、今年度中に詳細な分析結果を公表する予定だ。

 鈴木特任准教授は「ナッジ理論を活用することで、経験ではなくエビデンスベース(科学的根拠に基づく)の防犯対策を低コストで実施できる。県民の防犯意識が高まるよう、取り組みを広げていきたい」と意気込む。

 県警は、今回の実証実験で効果が確認された看板について、来年度から県内全域に設置していく方針だ。【松本ゆう雅】

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