口の中でジュワッと溶けるあの懐かしい味。幅広い世代に愛されてきたラムネを起爆剤に地域を盛り上げるプロジェクトが高蔵寺ニュータウン(愛知県春日井市)で始動した。その名も「団地味ラムネプロジェクト」。その「おかしな」取り組みとは――。【真貝恒平】
1月29日朝、冬晴れの高蔵寺ニュータウン。図書館やレストランなどが入るニュータウンの多世代交流拠点施設「グルッポふじどう」の一室からは住民の笑い声が漏れていた。
そこには、住民に語りかける老舗お菓子メーカー、春日井製菓(本社・名古屋市西区)と、独立行政法人・都市再生機構中部支社(UR都市機構)の社員たちの姿があった。
「あなたの幸せな思い出を聞かせてください」。こんな呼びかけに、ニュータウンの団地で長く暮らしていた満尾みき代さん(63)は「綱引き大会が思い出に残っている」と懐かしげな表情で語り始めた。
名古屋市出身の満尾さんは結婚を機に25歳で高蔵寺ニュータウンに移った。子育てに奔走しながら、餅つき大会や盆踊りなどのイベントを通して住民同士のつながりが生まれた。なかでも綱引きはチームを作って愛知県内の大会にも出場したこともある忘れられない思い出。今は近くの一軒家に住んでいるが、図書館で本を借りるなどでグルッポふじどうには頻繁に足を運んでおり、「自分にとって団地は人生の一部」と笑顔を見せる。
昨年6月、まちづくりの活性化を目的に、地域連携協定を結んだUR都市機構と春日井製菓が目をつけたのがニュータウンだった。
1928(昭和3)年創業の春日井製菓は、創業家の姓が春日井で春日井市に工場もあることから同市と結びつきが強い。2022年に「面白くてワクワクする実験的な試みで社会と会社を明るくする」とのコンセプトで新たな部署「おかしな実験室」を設立し、お菓子を使った料理コンテストを企画するなど独自の活動を展開している。
一方、55年に設立された日本住宅公団が前身であるUR都市機構は全国に約1420の団地を保有し、約70万戸の住宅を管理・運営。団地や周辺地域のにぎわい創出に向け各地で連携協定を結んでいる。
そして今回立ち上げた「団地味ラムネプロジェクト」。住民から募集した、ニュータウンでの「幸せな思い出」を、春日井製菓が製造するオリジナルラムネ商品の個包装に印字する。21文字以内でまとめたエピソードを2月末まで募集しており、300作品を選んで採用する。今夏に完成予定の商品は、ワークショップやイベントで活用していく方針だ。
高蔵寺ニュータウンは、日本3大ニュータウンの一つ。ピーク時の95年には約5万2000人が暮らしていたが、現在は4万人を割り込んだ。UR都市機構によると、65歳以上の高齢化率は4割弱。建物の老朽化も進む。
プロジェクトを企画した春日井製菓のおかしな実験室室長の原智彦さん(52)は「ラムネをきっかけに、住民同士が仲間になり、面白いことを自ら始めたくなる機運をつくりたい」と話し、「住民が主人公」と強調する。
日本が戦後から立ち直り、高度経済成長の道をひた走り続けた時期、各地に建てられたニュータウン。時代の光と影を投影する団地には住民の思い出が詰まっている。誰もが懐かしむラムネが団地にどんな「化学反応」をもたらすのか――。お菓子メーカーと住民の「ラムネ物語」が始まった。
高蔵寺ニュータウン
戦後の住宅供給を背景に、日本住宅公団(現UR都市機構)が土地区画整備事業により、愛知県春日井市東部の丘陵地約700ヘクタールの土地を整備。八つの団地で構成され、名古屋市のベッドタウンとして1968(昭和43)年に入居が始まった。千里(大阪府)、多摩(東京都)と並ぶ日本3大ニュータウンの一つ。