<タイピング音クソデカ男がいて、毎日イヤホンしないとストレス>
<机の引き出しをものすごい勢いで閉める音と、マウスを机にガンガンたたきつける音がまじでうるさ過ぎ>
SNS(ネット交流サービス)には、身近な「音」に対する悩みの数々がつづられる。
「ノイズハラスメント」(音ハラ)なる言葉もあるくらいで、職場の騒音トラブルに頭を抱えるビジネスパーソンは少なくない。
注意するにも「うるさい」では角が立つ。「静かにしてください」も気が引ける。どう対処したらいいだろうか。
Enter、ハイヒール、音漏れ……
「音に関する相談は意外と多いですね」
そう語るのは、ハラスメント対策の企業研修や従業員対象のカウンセリングを手がける「メンタル・リンク」(東京都千代田区)の社長で公認心理師の宮本剛志社長(49)だ。
1年間に企業などに実施する研修は約200回、ハラスメントをされた側、した側双方などに対するカウンセリングは400人以上になる。
問題となる行為の例を挙げてもらった。知らず知らずのうちにやっていないだろうか。
・パソコンの「Enter」キーを必要以上に強く押す
・束ねた書類を机にゴンゴン打ち付けながら整理する
・ハイヒールで勢いよく歩き「カツカツ」という音を響かせる
・会議で机をたたきながら話す
・休憩スペースで見る動画のイヤホンから音漏れ
中でも特に多いのは、机の引き出しを「ガチャン」と勢いよく閉める人に対する相談だという。
議論が熱を帯びてついつい机をたたいてしまうと、パワーハラスメントと受け止められる危険性もはらんでいる。
「非言語の威圧行為になり得る危険な行為です」と、宮本さんは指摘する。
「提案型」の相談を
問題を難しくさせているのは、「加害者」側に自覚がなく、無意識でやってしまっていることだ。
職場の音に悩む人は、どうすればいいのだろうか。
宮本さんは、職場の上司や担当となる窓口に相談する際に「提案型」の相談をするようアドバイスする。
例えば、「あれは音ハラ。Aさんを注意してください」ではなく、「Aさんの音が気になって仕事に集中しづらいので、一定の時間だけイヤホンをしてもいいですか」「体調に支障が出てきそうなので耳栓していいですか」といった相談の仕方だ。
さらに、宮本さんが相談を受ける際に勧めているのは「観察してみる」ということだ。
当該の人の音がうるさくなるのは、決まった曜日や時間帯といったパターンがあるかもしれない。
ある相談者のケースでは、上司が重要な会議から戻ってくるとパソコンの打鍵音が大きくなる傾向があった。
パターンが分かれば、そこに休憩をずらして席を外すなど、自衛できる可能性があるというわけだ。
お互いが働きやすい職場に
だが、「被害者」が自衛するしかないのだろうか。
宮本さんは組織としての向き合い方についても言及した。
対策を必要としている潜在的な「被害者」が他にいる可能性はある。
また、ささいなことであっても、いずれ大きなトラブルにつながりかねない。
相談者一人の意見として片付けるのではなく、組織全体としてできる対策はないかと考えることが必要だという。
宮本さんは、短時間の休憩ができる防音の個室を設ける企業があることを紹介した上で、「お互いが働きやすい、集中しやすい職場を作っていこうというビジョンを従業員に対して常に伝え、可能な範囲でできる対策を取る必要があります」と強調する。
「無自覚の加害者」を減らすために
「音ハラ」と指摘された人に話を聞くと、人知れずストレスをため込んでいるケースが多いという。
何かとハラスメントと言われかねない時代になり、言葉で注意ができずに物に当たってしまう。上からの圧力に耐えきれず、つい書類をバーンと放ってしまう……。
宮本さんが「推す」のは職場で手軽にできるストレス対策だ。
・力いっぱい手を握り締め、ぱっと手を開いて脱力。そして手のひらに意識を集中させる
・両肩を耳に触れるくらいに上げ、脱力。首の後ろや両肩に意識を集中させる
いずれもたった5秒間の筋弛緩(きんしかん)法だが、効果的だという。
また、トイレなどに行く際、左右どちらの足に力が入っているか、つま先、かかとのどちらに力が入っているかに意識を集中させる方法も効果的だという。
「過去や未来に意識が向くとどうしてもイライラしがちです。『今』に意識を向けてみてください」
みやもと・つよし
1976年横浜市生まれ。教育関係の企業で管理職を務め、部下との関係に悩んだことをきっかけにハラスメント対策を学ぶ。18年に起業し、心理学に基づく研修や面談を実施。「無自覚の加害者」を減らしたいという思いから、音ハラも含む48種のハラスメントを解説した「『ハラスメント』の解剖図鑑」(誠文堂新光社)を出版した。