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円安になっても日本の貿易赤字は増え続ける - 池田信夫 エコノMIX異論正論

ニューズウィーク日本版 2013年9月17日 20時49分

 ロイターの予想によると、まもなく発表される8月の貿易収支は約1兆1000億円の赤字になる見通しで、これは昨年同月を43%も上回る。貿易赤字は14ヶ月連続で、1979年の第2次石油危機以来の史上最長記録と並ぶが、今後もずっと続くとみられている。

 通貨が急に安くなったときは「Jカーブ効果」といって、あらかじめドル建てで契約していた輸入額が(円ベースで)増える傾向があるが、それが14ヶ月も続くことはありえないので、これは一時的な現象ではない。

 民間の予測(中央値)をみると、輸出が前年比14.5%増える一方で、輸入が18.5%増える。株式市場は「円安→貿易黒字」という連想で高値を続けているが、実は輸出より輸入のほうが増え方が大きいのだ。これは日本の円建て輸出額よりドル建て輸入額のほうがずっと多いためで、図のように円安は貿易赤字を増やす。


 しかしドル建ての輸出価格が下がると、国際競争力が上がるので輸出は増え、経常収支(貿易収支+所得収支)は改善するはずだ(それが変動相場制の本来の価格調整機能だ)。ところが経常収支も、上の図のように悪化している。大幅な貿易赤字を所得収支(海外資産の金利・配当)で補っている状態だ。

 この貿易赤字には、原発を止めたために原油やLNG(液化天然ガス)の輸入が年3兆円以上も増えた効果も含まれている。安倍政権のやるべき経済政策は、まずこの「出血」を止めて国富の流出を防ぐことだが、たとえ原発が動いても年間10兆円を超える貿易赤字は黒字にはならない。

 問題は為替レートではなく、日本の製造業の国際競争力が落ちていることだ。内閣官房参与の浜田宏一氏(イェール大学名誉教授)は「日銀がエルピーダをつぶした」と公言し、円安になれば製造業が復活すると思っているらしいが、円安になってもルネサスエレクトロニクスは事実上破綻し、携帯電話メーカーは次々にスマートフォンから撤退している。

 その原因は、日本の製造業の交易条件が悪化しているからだ。これは輸出価格/輸入価格の比で、この10年で半導体・電子部品の交易条件は40%も悪化した。この結果、輸出額は増えたが、輸出量は2010年から減り続けている。

 円安の最大の恩恵を受けている自動車産業でさえ、輸出台数は減っている。最新鋭の工場はアジア諸国に建てられ、海外生産比率が上がっているからだ。このような空洞化は、ここ5年の円高局面で大きく進んだが、円安になっても工場が日本に帰ってくる兆しはみられない。法人税や高賃金や雇用規制などの「六重苦」があるからだ。

 内閣府の調査では、日本企業の海外生産比率は現在の17.7%から5年後には21.3%になると予測している。海外投資比率も、2年前の15.9%から今年は21.5%になる見通しだ。こうした調査はすべて大幅な円安になった後に行なわれたもので、企業が一時的な為替レートの変動より日本の競争条件の劣化を重視していることを示している。

 日本経済の本質的な問題は「デフレ」でも「円高」でもない。日本企業、特に製造業が世界市場で新興国に負け続けていることなのだ。これに対応するため、グローバル企業は国内に投資せず、海外生産を増やしている。それが国内投資が増えず、ゼロ金利になる原因だ。それを改善しないで、日銀がいくらお金を配っても経済は回復しない。

 このままでは、あと3年ぐらいで経常収支も赤字になるだろう。そうすれば巨額の政府債務を支える国内貯蓄も減り、財政破綻の危機が迫ってくる。安倍政権がやるべきなのは無意味な量的緩和ではなく、主要国で最高の法人税率を下げ、雇用規制を緩和し、TPP(環太平洋経済連携協定)によって新興国との連携を強化するなど、日本企業の国際競争力を高める本当の「第三の矢」である。

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