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氷の壁はフクシマを救えるか

ニューズウィーク日本版 2013年9月24日 12時6分

 福島第一原子力発電所に流れ込む地下水を氷の壁でせき止める──そんな計画を聞いて、また日本政府がとんでもないことを言い出したと思った人は多いかもしれない。相次ぐピンチで、ついに現実と非現実の区別がつかなくなったのか、と。

 だが技術的には、これはそんなに突拍子もない話ではない。地盤を凍らせて地下水や汚染物質の浸入(または浸出)を遮断する技術は、100年以上前からある。むしろ放射性廃棄物を一定の範囲内に閉じ込める方法としては、非常に理にかなっているといえるだろう。

 始まりは19世紀の鉱山だった。坑道の掘削は常に地下水との戦いだ。絶え間なく浸入してくる地下水で内壁は崩れ、坑道が水没する恐れがある。それを避けるためにポンプで水をくみ出したり、別の坑道に水がたまるようにしたり、周囲の地盤を凍らせる方法が考案された。

 1863年、ドイツの科学者F・H・ペッチは、氷点以下に冷却した塩水(塩水は水よりも凝固点が低い)を金属管に入れて地中に埋め、周囲の地盤を凍らせる技術について特許を取得した。

 1905年に発行された『実践的炭鉱の初歩』という手引書では、ペッチの方法は砂地に坑道を掘るとき極めて有効だと絶賛されている。「その原理は坑道の周囲の土をかちかちに凍らせることだ。すると湿った砂地を掘削しているときも、水の浸入を防げる」。鉱業界では現在も同じ原理が使われている。

 福島原発では今、山側から流れ込む大量の地下水をどうするかが、最大の問題になっている。東日本大震災で津波に襲われ、原子炉がメルトダウンを起こしたとき、東京電力は大量の水を注入して過熱した燃料棒を冷やした。

 冷却水は放射能に汚染されたから、タンクにためておくことになった。ところがその水がタンクから土壌(そして最終的には海)に漏れているという。もっと悪いことに、山側から1日に400トンもの地下水が福島原発の地盤に流れ込んでいる。

 敷地内に入った以上、その地下水も汚染されているから、くみ上げてタンクに貯蔵しておく必要があるが、タンクの容量にも限界がある。汚水タンクは約1000基設置されているが、地下水は毎日流れ込んでくる。

1週間の停電にも耐える

 大手ゼネコンの鹿島建設の提案によると、凍土壁を造成すれば地下水の流入を遮断しつつ、土壌中の汚染物質を敷地内に閉じ込めておくことができる。凍土壁は全長約1.5キロ、地下30メートルに達するという。

 具体的には、冷却剤の入った鋼鉄管(凍結管)を等間隔(おそらく約1メートル間隔)に埋め込み、地上の冷却装置とつなぐ。電源を入れると冷却剤が循環して、管の周囲の土壌から熱を奪っては、地上の冷却装置で冷やされて再び地中に送り込まれる。

 やがて凍結管の周囲から土壌が凍り始め、最終的にはコンクリートと同じくらいの強度を持つ凍土壁が完成する。その最大の利点は「自己回復能力」だろう。たとえ地盤がゆがんで壁にヒビが入っても、そこから浸入(または浸出)しようとする水分は凍ってしまうから、ヒビは自然と修復されるのだ。



 凍土壁が有害廃棄物を閉じ込めるために使われるようになったのは、ごく最近のことだ。アメリカの戦略石油備蓄の貯蔵施設として利用されていたウィークスアイランド(ルイジアナ州)の岩塩洞窟では、表層水の浸入が見つかったため、95年に凍土壁が造成された。

 1940年代に原爆開発の舞台となるなど、原子力研究の中心となってきたオークリッジ国立研究所(テネシー州)では、98年に放射性物質の貯蔵施設を囲う凍土壁が造られた。カナダの歴史的金鉱山ジャイアントマインでも、04年の閉山後にヒ素汚染を封じ込める凍土壁が造成されている。

 オークリッジの工事を請け負ったアークティック・ファウンデーションズ社のエド・ヤーマク社長は、凍土壁の造成は技術的にはそう難しくないと言う。

 グラウト(セメントやモルタル)で地盤を所々補強したり、水量や水流の変わりやすい地下水のくみ上げやろ過に追われるよりも、凍土壁はシンプルだ。凍結管を埋め込み、冷却装置を設置し、スイッチを入れれば、汚染物質をそのまま凍らせることができる。また根本的な問題が解決したら、ある程度以前と同じ環境に戻すこともできる。

 オークリッジの場合、凍土壁完成後の電力消費量は年間10万キロワット程度だった。これはアメリカの平均的な家庭10世帯分の年間電力消費量とほぼ同じだ。凍土は出力22キロワットの冷却装置で維持され、1日の電気代は15ドル程度で済んだ。

 地下水の温度を氷点下まで下げるにはかなりの時間がかかるが、一度土が凍ってしまえば、維持するのはさほど難しくない。停電時の影響を見るために冷却装置の電源が1週間切られたときも、地表の温度が0度を超えたことはなかった。

問題は作業員の安全確保

 オークリッジの凍土壁は全長90メートル程度だったが、福島は約1・5キロになる。だがこれも大きな問題ではないと、ヤーマクは考えている。廃棄物管理のためではないが、もっと大規模な凍土壁が造成された例があるというのだ。

 例えばカナダ・オンタリオ州の金鉱山では、全長5キロ近い凍土壁を造成するシステムが構築された(金価格の急落で実際に運用されることはなかったが)。建設土木会社のモアトレンチは現在、アルバータ州のオイルサンド開発のために深さ150メートルの凍土壁を試験的に造成中だ。

「福島の凍土壁は決して前代未聞の規模ではない」と、ヤーマクは言う。

 とはいえ、工事は一筋縄では行かないだろう。ヤーマクによると、放射性物質を封じ込めるために行われたオークリッジの工事で最も苦労したのは、作業員の安全確保と汚染拡大の防止だった。

 汚染された土壌に雨水が浸透するのを防ぐため、現場にはアスファルトが敷設されたが、作業員はそこから一歩も出てはならなかった。「駐車場みたいなスペースだった。その中なら自由に動き回れるが、森に入ることは禁じられていた」と、ヤーマクは振り返る。

 周辺の木々は放射能に汚染された水を吸っていたから、落ち葉も汚染されている。ヤーマクは毎朝リーフブロワー(落ち葉を吹き飛ばす機械)を持っていき、現場や機械から落ち葉を取り除かなければならなかった。

 凍結管を打ち込む穴を掘るときは、掘り出した土をそのまま密封容器に入れ、密閉された区域に運び込まなければならない。ドリルの排気もフィルターでろ過する必要があった。

「技術的には福島(での凍土壁造成)はそんなに大変じゃない」とヤーマクは言う。「大変なのはそれを安全にやり遂げることだ」

[2013.9.17号掲載]
ジョシュ・ジーザ

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