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ロシアは「中東反米の拠り所」か - 酒井啓子 中東徒然日記

ニューズウィーク日本版 2013年10月12日 13時27分

 オバマ大統領がロシアの「仲介」によってシリアへの軍事介入を止めてから、一か月。化学兵器をどう処理するかは国際機関に投げられ、その対応にあたる化学兵器禁止機関がノーベル平和賞に輝き、とりあえず「国際社会は化学兵器対策をちゃんとやりました」的アリバイは整った。

 一連の流れのなかで気になるのは、オバマの振り上げた拳をおろさせることに成功したロシアの行動について、巷間出回っている説明である。日本のメディアの解説を読むと、多くが「アメリカはシリア反体制派を支援vsロシアはシリア政権側を支援」→「アメリカの弱腰につけこんで、ロシアが同盟国シリアの救済に成功」という論調だ。

 そしてなぜロシアがシリア政権を支援するか、という説明には、曰く、「ソ連/ロシアにとっての武器輸出相手国としてのシリア」、「シリアが中東での唯一のロシア拠点」などなどが挙げられている。ロシアの近年の武器売買契約を見ると、アメリカが心血注いで「民主化」したイラクに対する経済的食い込みのほうが、シリアに対するそれよりよっぽど大きいように見えるが、それ以上に筆者が気になるロジックは、以下のようなものだ。「シリア反体制派にはアルカーイダなどイスラーム武闘派が多く加わっており、それらがポスト・アサド体制で主力を占めると、ロシア国内のムスリムの間での武闘活動が連動して活発化するから」。

 だが、シリア反体制派内の武闘勢力の台頭を最も危惧するのは、まさにアルカーイダとの「テロに対する戦い」を継続中のアメリカに他ならない。ロシアだけが他国と比較して突出して「シリア反体制派の台頭」を危惧する状況は、ない。

 ロシアとアメリカで違うのは、アサド政権の存続をどこまで真剣に望むか、という点かもしれない。しかし、アメリカがどこまでアサド政権を亡きものにしたいかといえば、実に消極的である。オバマが化学兵器使用で軍事攻撃を言い出したときすら、「政権転覆を目的としたものではない」としている。アサド政権と米政権の関係が悪いとはいえ、中東和平交渉でシリアは欠かせないパートナーであり続けてきた。

 アメリカは、アサド政権の盟友たるレバノンのシーア派イスラーム組織、ヒズブッラーのことが気に入らないから、という見方もある。だがこれも、ヒズブッラーとより密な関係を持つイランとアメリカの関係が修復されれば、そのほうが話は早い。おりしも国連総会で訪米したイランのロウハーニ大統領は、電話ではあるが、オバマと直接話をしている。

 だとすると、前提とすべきは、「アメリカとロシアの対シリア利益が違うから対立している」ではなく、「両者の利害は類似しているので今回のような落としどころが可能だった」だろう。つまり、反体制派を勝たせたくもなく、アサド政権打倒に労力とカネを費やすこともしたくない、ということだ。

 中東に関して、どうもソ連/ロシアの影響力が過大視されてきたように思える。東欧や、アフガニスタンのような直接的な影響力をソ連/ロシアが中東で果たしてきたことは、少なくとも1970年代半ば以降は、ない。フセイン政権時代のイラクですら、そうだ。もし、ロシアが今のシリアやイラク戦争前のフセイン政権に強力な影響力を持っているなら、政権内部に介入して、より国際社会に受け入れやすい新政権を作り上げるくらいのことを考えてもおかしくないだろう。だが、そうした内政干渉ができたのは、1970年代末のアフガニスタンが最後だ。そして、いずれの中東の親ソ政権も、アフガニスタンでソ連の傀儡政権が作られていったのを見て、ソ連と距離を置くようになったのだ。

 つまり今ロシアは、アメリカに対抗するための反米派の拠り所ではなく、アメリカと折り合いをつけられない非親米国が国際社会とのパイプを維持するための、窓口として重要なのである。

 そのことは、アサド政権がロシアの「化学兵器廃棄」の呼びかけにさっさと乗ったことを見れば、よくわかる。湾岸戦争やイラク戦争直前のイラクのフセイン政権は、そうではなかった。仲介の手が差し出されても、超大国アメリカと対峙することで名を挙げ、反米のヒーローとなることを選択した。アサド政権は、その点でイラクのフセインとは決定的に異なる。

 ちなみに、アメリカがイラクに湾岸戦争開戦の最後通告をした際、当時の駐イラク・ソ連大使が大統領官邸に駆けつけ、戦争回避のためにアメリカに妥協するようフセインに進言しに行ったといわれている。ところが、深夜だったので、「大統領閣下はお休みになっている、明日にせよ」と追い返されて、湾岸戦争が始まった。

 今回ロシアの「仲介」が奏功したのは、アサド側もロシアも、その教訓を生かしたからかもしれない。


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