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特定秘密保護法案、どうして「今」なのか? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2013年11月12日 22時3分

 この問題ですが、海外と秘密を共有する際に、日本も流出防止の法制が必要だというのが今回の法制化の根拠として言われています。そして、その秘密情報を共有する主要な相手国として、アメリカが想定されています。ですが、そのアメリカから見ると、どうして「今」必要なのかが、どうしても理解できないのです。三点、疑問を提起しておきたいと思います。

 一点目は、この間の「テロとの戦い」において、秘密情報の共有ということは、果たして良い結果を生んだのかという問題があります。例えば2003年のイラク戦争の開戦に当たって、アメリカのブッシュ政権は「サダム・フセインが大量破壊兵器を持っているという証拠」があるとして、それを「一般には公開しない」ことを条件に「同盟国の首脳には見せた」という経緯があります。

 現在はこの情報は虚偽であったというのが米国政府の公式見解であり、ブッシュ大統領(当時)本人も情報が誤りであったことを認めているわけです。では、どうしてブッシュ政権は02年から03年にかけて「首脳に限定した機密情報」として共有化を図ったのかというと、「戦端を開くにあたって敵に手の内を見せたくない」からではなく「広範な一般の世論の批判に耐えるものではないが、内輪の首脳同士には根拠を示すという仁義を切りたい」という性格のものだったと推察されます。

 この種の「情報」に関しては「法制が不備だから教えてやらない」という「イジメ」にあうのはむしろ国家として誇ってもいいわけで、仮にこの間の首脳外交が、この種の「同盟国の政府内部限定のマル秘情報」に関して「お願いだから教えて下さい」的な土下座外交をやっていたのだとすれば、その「首脳同士」あるいは「外交当局間」の個人的人間関係が「非対称」であったと推察されるわけです。

 この点に関して「今度は法制を整備したのでブツブツ言わずにサッサと教えて下さいね」ということになったら、その「非対称性」は解消されて「対等で健全な外交」が可能になるのでしょうか? また「数年で真実でないことが明らかになるニセ情報」に振り回されるリスクは減るのでしょうか? どちらも「ノー」だと思います。

 二点目は、その「テロとの戦い」において、アメリカはまだまだ国内法、国際法から見て違法性の高い行動を続けているという問題があります。典型的な例が「無人機(ドローン)」によるテロ容疑者の超法規的な「暗殺」作戦です。こうした問題に関しては、国際社会による何らかの取り決めがまず必要であり、そうした「法制度」が完備しないうちから「機密情報を共有する」という形で、同盟国がコミットしてゆくのは危険だと思います。

 例えば、アメリカがドローン作戦を続行して無反省であることは、中国が「俺達もやっていいだろう」ということで東シナ海上空でドローン作戦を活性化することへの「言い訳」になってしまう構造があるわけです。そうした法的な曖昧な状態の、しかも今後の展開によっては国家間の緊張を高める危険性のある「秘密作戦」に関する「秘密情報」には深入りしないほうが賢明だと思います。

 三点目には、アメリカのNSA(国家安全保障局)による違法なネット盗聴行為に関する真相解明や、透明化が全く進んでいないということです。この問題に関しては、多くの国が不満や疑念を持っているわけであり、そのような状態のままで「米国の持っている秘密情報を共有したい」ということを強く打ち出すのは、極めて不自然であると思います。

 いずれにしても、国家ではない私的な集団の犯罪行為に対して、その予防と摘発行動が戦時国際法上の「戦争」であるという強引な法解釈を行って、様々な論理破綻を来しているアメリカの現状を考えると、「今」というタイミングには疑問を感じます。情報、あるいは機密情報というものの扱いに関して、2001年以来現在に至るまでアメリカでは明らかに「異常事態」が続いているのです。

 そうした時期に日本が国論を二分してまで「アメリカ政府の安心するような罰則規程」を設けて「米国の持つ秘密情報」を共有したい、そのような国家意志を表明することにはメリットは少ないと思うのです。

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