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リオのスラムに群がる貧困ツアーの功罪

ニューズウィーク日本版 2013年11月29日 15時18分

 リオデジャネイロ有数の高級ホテルで拾ったばかりの乗客たちを乗せて、バンはエンジン音をとどろかせながら急斜面を上っていく。乗客はかつて見たことがないほど惨めですさんだ光景を一目見ようと首を伸ばす。

 突然、同市最大のファベーラ(スラム)であるホシーニャが荒れ果てた姿を現す。緑と黄色と白と赤レンガの建物が崩れかけたウエディングケーキのように折り重なり、山の斜面に並ぶ。1つしかない狭い道にバンや乗用車がひしめき、その周りにオートバイタクシーが群がる。曲がりくねった道に粗末な料理店や酒場、ジムや市場が点在する。

 1本の電柱から何本もの電線が巨大なクモの巣のように広がりこんがらがっているのを見て、観光客は目を丸くする。道の両側には急勾配の階段が果てしなく続き、まるで拡張し続けるファベーラに張り巡らされた血管のようだ。

 ファベーラは長年、貧しく孤立した危険なスラムとして描かれてきた。映画 『シティ・オブ・ゴッド』(02年)が描くファベーラの暮らしは、足を踏み入れたらまず抜け出せない危険な迷路だ。

 しかし旅行代理店によれば、今やファベーラはリオデジャネイロ一の人気スポット。毎年約4万人が訪れ、丘の上に立つ有名なキリスト像に匹敵する観光名所になっているという。

 先日は遠くノルウェーや中国、オーストラリアやプエルトリコなどからの観光客が、約10万人が暮らすホシーニャのツアーを楽しんだ。料金はたった35ドル。一行はもっぱら空調の効いた車内で過ごし、住民とやりとりするのは市場でアサイーベリーを買うときくらい。車外に出るのはたいてい写真を撮るときで、もつれた電線や上半身裸の子供たちをバックに1人あるいはカップルでポーズを取った。

「以前からファベーラの話を聞いて興味があった」と、プエルトリコから来たゴルファーのカレン・カルブスバートは言う。しかしスラムの住人にとっては自分たちの窮乏ぶりを見物しに押し寄せる観光客は迷惑だろう、と考えている。「ばかな外国人め、と思っているかも」



収益の一部は支援活動に

 14年のサッカーW杯と16年のリオ五輪開催を控えてブラジルを訪れる観光客は大幅に増える見込みで、リオデジャネイロの貧困ツアーも急増しそうだ。こうしたツアーをめぐっては、ひと握りの人間だけが儲けてスラム住民のことなどお構いなしだ、と批判が絶えない。観光客からサファリの野生動物か何かのようにじろじろ見られるのは嫌だと、あるファベーラの住民代表は言う。

 その一方で貧困ツアーは啓発にも役立ち、住民の生活は侵害されないと弁護する声もある。「いつも言うんだが(同市有数の高級住宅地)レブロンを歩いたって裕福な住民が嫌がるわけじゃないだろう」と、団体ツアーのフランス人ガイド、アクセルは言う。ファベーラのほとんどは2年前は足を踏み入れることができないくらい危険だったが、W杯と五輪の開催を前に多くのファベーラが政府によって「制圧」されたという。

「おばあさんが居間で独り死んでいく、なんてことはない」と、アクセルがブラジル中間層のファベーラ観に反論する一幕もあった。ツアーではファベーラの子供のための課外活動も見学。活動資金の一部は、ツアーの収益で賄われているという。

 ファベーラを後にして、バンはイパネマやコパカバーナのホテルが立ち並ぶビーチに戻ってくる。ツアー中に撮った写真をiPhoneで眺めていた中国人観光客が顔を上げ、青々としたゴルフコースを見て笑顔になる。「ここでプレーしたいな」。彼にとってファベーラは既にはるか遠い世界の話だ。

[2013.11.26号掲載]
カーラ・ザブラドフスキ

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