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都知事選の示す深刻な「東京病」に処方箋はあるのか? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2014年1月14日 10時53分

 政策提案があり、対立軸があって、候補者の実務能力のチェックがあってという「リーダー直接選挙」に欠かせない「中身」が、東京都知事選では十分な「選択肢」として出てきていません。いわば首長選挙として必要な条件が欠けたまま進行しているように見えます。

 まず政策提案ですが、東京の抱える大きな問題について今回の選挙で争点化ができていません。一極集中の問題、やがて訪れる膨大な単身高齢者を抱える「無縁都市化」の問題、インフラ更新の必要性、国際都市に脱皮するための政策など、具体論に入って行けば争点はいくらでも出てきます。

 例えば、都市全体として24時間化を進めるのが良いのかという議論がありますが、24時間化がいいのか、いや24時間化というのは都市の労働環境や子育て環境としてはブラックだからダメだなどという議論も必要でしょう。24時間化の経済効果と治安維持コストの比較も必要です。

 インフラ更新の問題に関しては、例えば首都高速道路の環状線は老朽化が問題になっているのですが、中央環状や外郭環状の整備を進める代わりに現在の環状線は「廃止して緑地化」とか「廃止して一般道路化」などの考え方もあっていいと思います。

 一般道路化しつつ、電気自動車のバスを走らせるなどというアイディアを出す人があってもいいでしょう。反対に、海外の若者に人気の「アジア的な看板がゴチャゴチャするなかでの高速走行」が可能な観光用の「巨大サーキット」にするなどというアイディアもあっていいはずです。少なくとも、道頓堀をプールにするよりは明確なニーズと市場があります。

 人口問題に関して言えば、待機児童の問題も、孤立化する高齢者の問題も10年、20年のレベルでは大きく動いていくわけです。目先の問題を解決してゆくことと、中長期の都市計画をどうするのかという問題は、相反しつつ絡み合うわけで、高度な計画性と、住民へのキメ細かなコミュニケーションが必要とされます。

 その一方で、現実の選挙では「ナショナリズム」や「脱原発」が争点になっているわけです。ナショナリズムの問題も、エネルギー政策も完全に国家レベルの問題であり、東京都知事選の争点にするのは大枠の議論として間違っています。

 もう少し細かく見ても、おかしなことだらけです。近隣諸国との摩擦が激化することで具体的なメリットがあるのは、防衛関係のインフラや雇用の効果という点では、あるとしたら国境エリアには多少あるかもしれません。ですが、東京というアジア屈指のビジネスセンターにおいては「国際協調と東アジア経済の安定」の方向にメリットがある、少なくとも東京というのはそのような都市であるはずです。

 エネルギー政策に関しても、東京というのはエネルギーの大消費地であり、エネルギーコストの高騰やエネルギー確保の不安定化というのは、都市の繁栄にはマイナスでしかありません。

 そうした意味で、ナショナリズムも脱原発も東京の利害には、全くもって反しているのです。では、どうしてそのような「反東京」的なイデオロギーを掲げる候補が注目を浴びるのでしょうか?



 東京の有権者が愚かではないのだと思います。そうではなくて、もっと根深い問題があるように思います。それは有権者に根深い分裂があるということです。世代によって、階層によって、家族の有無、子供の有無によって、個々の有権者は具体的な政策への利害を大きく異にするわけです。そこで、具体論に突っ込んで行けば行くほど、都民の世論は分裂し対立するでしょう。

 首都高の更新などという問題も、都市計画としてどうすべきかという観点以前に、自動車を仕事に使っている人、個人として自動車を運転する人、自動車を持っていない人、そもそも家から出て活動できない人など、それぞれに「自動車への関わり」がバラバラである中では、意見のまとまりようがないのだと思います。

 高齢者に配慮しようとすれば現役世代に手が回らなくなる、子育てがしやすい政策にすれば、それは子供のない人には関心のない話になる......そんな中で多くの候補が具体的な政策論に関しては「総花的で毒にも薬にもならない」公約を掲げざるを得なくなるわけです。そうなると、決め手としては「カルチャー」の話題で「陣営をまとめよう」という動きになり、ナショナリズムとか、脱原発などという話が「旗印」として浮かび上がってくるわけです。

 ナショナリズムとか、脱原発というのは、それぞれに賛否があり、その両者の間では厳しい対立を抱えた問題です。ですが、賛成派の中、反対派の中は極めて対立の少ない一方で、現実を離れた抽象的な言論で済む「安楽な世界」になっているわけです。その安楽さが「票を固めてまとめてくれる」のであれば、どうしても候補はその方向へ向かうことになります。

 では、この現状は「東京病」であって、治す薬はないのでしょうか? 私はそうは思いません。今は大いに分裂をしていいのだと思います。子育て中のグループ、単身者のグループ、正社員のグループ、非正規雇用のグループ、引退した世代のグループ、国際化に熱心なグループ、環境問題にこだわるグループなど、それぞれのグループが各都知事候補を「自分たちの利害から」審査したり推薦したりして、有権者の投票行動に役立つようにしたらいいのです。

 その結果として、少なくとも各候補の「実務能力」や「未経験の問題に直面した場合の解決能力」などを問うていくことができれば、選挙の「中身」は自然と充実してゆくのではないでしょうか?

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