中国のお騒がせ国有テレビ局、中央電視台がまた「大地震」を引き起こした。ネットがえらい騒ぎになっている。中央電視台といえば、昨年の春のアップルのメンテナンス契約問題、夏には著名微博ユーザーの「売春」逮捕と「自供」、秋のスターバックス「価格差別」叩きをそれぞれぶちあげ、こうやって書きだすとほぼ季節の風物詩化していることに気づく。そして今度は春節明けに、またやってくれたという感じだ。
騒ぎのきっかけは今月9日、日曜日の午前に流れたニュースだった。華南の広東省にある都市、東莞市でさまざまなホテルや風俗店の様子をカメラで隠し撮りしたものが次から次へと流れ、「今日は普通なら陽の光を見ることが出来ない非合法の行為に焦点を当てましょう。それは売春、買春です」とやったのである。
もちろん、中国では買春も売春も違法である。10年ほど前に日本から社員旅行で東莞の隣町、珠海を訪れた日本人観光客グループが買春で摘発されて拘束され、大騒ぎになった事件を覚えている方もいるかもしれない。当時、中国を知る日本人の中から「違法だが、中国では売買春はそんなに珍しいものではないはずなのに...」という声も出た。だが、違法であることは間違いなく、そんな中国でも取り締まりは行われているのも事実だった。
今回の報道も一応、そんな「違法性」をタテに斬りこんでいた。カメラには、東莞市内のあちこちのホテルやカラオケ、サウナの入り口、そしてその中で顧客たちの前に女性が並んで選抜ショーが行われている様子、そして下見した部屋や料金体系を説明する責任者の姿まで収められていた。中には部屋に入って脇のカーテンを開けるとそこは飾り窓になっていて、女性たちが半裸で踊る様子を眺めることができるという仕掛けも紹介された。
さらに記者はそのうちの一か所で出くわした男性たちのグループが高級車アウディに乗って帰っていくのを尾行。彼らの勤務先とみられる場所の看板を撮影、車もその会社が所有するものであることを突き止めて実名で公表。一方で、東莞の警察に電話していくつかのホテルで売買春が行われていることを通報したが、「チェックに行く」と言って電話は切れたものの、結局いつまで待ってもパトカーどころか警官一人も現れなかったと報告していた。
こうなると、すわ、これは町の警察ぐるみの売買春ではないか、どんな利益が絡んでいるんだ?と誰もが思うだろう。番組は明らかに、視聴者にそういう憤りを植え付け、「違法なる売買春産業の厳しい取り締まり」が行われることを期待するように作られていた。
だが、番組放送直後からインターネットに流れ始めた人々の反応は、その期待とは180度違った。人々は口々に番組を製作した中央電視台を罵り、挙句の果てに「東莞がんばれ! 今夜、俺たちはみんな『東莞人』だ!」「泣くんじゃない、東莞」「東莞のために祈りを捧げる」などという、かつての地震の被災地に寄せたエールをもじった言葉まで飛び出した。以前「朝日君」の名前で親しまれた「文字絵」の作者、「@王左中右」さんが書いた「東莞で3級地震発生」の文字は多くの人たちに転送された。この「3級」とは地震の震度を指しているが、実は近隣の香港では、公開映画の検閲でエロ・グロ・暴力が過剰な作品には「3級」、つまり成人指定のマークが付く。それを引っ掛けたもので中国人ならひと目で意味がわかるほどよく出来ていた。
だが、この番組に対する批判はそんなネットユーザーによるおちゃらけや揶揄だけではなく、学者やその他ジャーナリストからも激しい声が上がっている。
特に中央電視台という国の権威性をまとった特殊なメディアが振るった権力に対して、ジャーナリストはことの外厳しく叱責している。そのうち、コラムニストの秦子嘉さんが書いた記事はあちこちで大きな反響を呼び、多くの人たちにシェアされた。そこにはこう書かれている。
「中央電視台の記者は中央電視台の威を借り、メディアのいわゆる監督権利を借りて、この業界の潜入報道を行ったことは、それ自体がすでに『ゴマを見て、スイカを見ない』というミスを犯している。中国にはこんな話よりもっと多くの、もっと重要なニュースがあるはずなのに、これまで一度も中央電視台の記者が取り組んだ報道は見ていない。彼らは楼堂館所に潜入した? できない。彼らは地下煉瓦工場に潜入した? できない。彼らは血汗工場に潜入した? できない。本当に怖くて出来ない時もあるんだろうが、一方でそんな苦労をするのは嫌だと思っているのだろう」
ここで秦さんが触れている「楼堂館所」というのは、国家機関や政府、あるいは軍隊が作ったクラブ的な内部組織のこと。官吏や軍人など特権的な世界に生きる人たちがそこで本当に何をしているのか、本当に報道されているものはほとんどない。「地下煉瓦工場」とは各地から誘拐されたり、あるいは人身売買で集めてきた人たちを労働力にレンガ造りをする工場。数年前に摘発された例では足に鎖を付けられ、かつての奴隷同然のように働かされていた人たちが救出された。中には子供や、身体や知能に障害を持っているために売られてきた人もおり、NGOが一部を救出したもののその後再び工場主と見られる人たちに誘拐され、また行方不明になった人もいる。「血汗工場」とは低条件で労働者を働かせている工場のこと。これらはすべて特殊な環境に守られつつ、違法な行為が行われている。
このような人々の根本的な生活に関わる、「もっと多くの、もっと重要なニュースがあるはず」という指摘は、アップルやスターバックス叩きの時にもあった。だが、それらは「消費者権益」、そして今回は明らかな「違法性」で、中央電視台は頬かむりをしている。さらに秦さんはこう続けている。
「そして彼らはサウナやホテルに潜入した。そちらのほうが気楽だし、肩も凝らない。さらには公費で消費者を装って大金持ちのふりをし、一列に並んだ若い女性たちを指差しながら品評し、そしてズボンを上げてから聖人君子ぶった顔で警察に通報する。警察に通報するのだって結局は匿名電話である。だが、一方の彼女たちは警察に身分証を調べられ、家に通報され、さらには大衆の目の前にさらされる危険に直面する。そして大衆にとっては、それはもうとっくに知っている事情でしかない。つまるところ、サウナに潜入してもなんのニュース価値はないのである」
この報道が大批判を引き起こしたのは、この女性たちが置かれた境遇に番組では一切触れていないことだ。報道は彼女たちをただの「違法な売春婦」としてしか扱っておらず、女性たちがなぜそこに立っているのかについては一言も触れず、また彼女たちと言葉を交わしている様子も流れていない。彼女たちは番組が告発するための、ただの「道具」なのである。
ジャーナリスト出身のコラムニストの鍾二毛氏は、「こうした報道は『なぜなのか』『どうすべきか』に立脚すべきであり、『何が』『いかに』を絶対に立ち位置にしてはいけないはず」と述べる。
「中央電視台の記者はもっと取材して、『なぜなのか』『どうすべきか』を探り、さらに国際的な水準から言えばさらに高い場所に立って、その立ち位置を『人』に置き、技師たち(女性たちのこと)、買春者、法執行者の話にすべきだった。人の困窮、制度の困窮、都市発展の困窮、それを描けばピュリッツァー賞並みのテーマなのに、中央電視台の報道は残念なことに、人の目を引きつけるという面では100点だったが、報道価値からすればマイナス、失格だ」
実際に隠し撮りされた映像では一部の女性の顔にはモザイクが入っておらず、見る人が見れば誰だかわかるかもしれないような場面もあった。さらに、日頃東莞で働いていることを理由に婚約を破棄された女性もいるという話が微博で話題になっていた。この事件で大きく注目されるようになった東莞はもともと、香港や台湾からの資本で作られた工場が立ち並ぶことで栄えた街である。性風俗業界が生まれた背景にも、外からひっきりなしにビジネスにやって来る人たちの需要があったためで、さらには工業マネジメントで培った管理手段を応用した「東莞型サービス」というスタイルが産業を支えているそうだ。
この「東莞型サービス」とは、地の利、人の利を利用して香港、台湾、日本、そしてタイなどで風俗サービス業の管理手段を学んだもので、「日本の成人映画」を基礎に「タイ式マッサージを組み込み、さらに中国医学のツボ原理を持ち込み、また香港式の発展したサービスなのだそうだ。それが今や東莞に「性の都」という呼び名をもたらし、さらにはそのサービスは「ISO合格基準」とまで言われ、実際に中国各地の性風俗産業のお手本にすらなっているという。
その東莞が「性の都」となったのは、その他にも理由がいくつか理由がある。
ひとつは行政区画面における利便性。中国では一般に地方では、市―県―鎮などと細分化され、そのそれぞれで政治資源が決まっているのだが、もとは県だった東莞は1985年に「市」に昇格、だがその傘下には「県」を持たず、直接「鎮」が続く構造になっている。「鎮」は日本的に言えば「町」である。市が直接町を管理するという、伝統的な行政区画を簡素化した作りは、広東省では他にも中山市や珠海市などでも見られ、行政手順も簡易化することによってこれらの市政府が主導し、香港や海外からの投資を引き込むことを目的としたものだったのは明らかだ。
そして投資が行われ、作られた工場には多くの働き手たちが地方から集まってきた。広東省といえば、もともと香港に近いため、中国国内でも華やかで開放的なイメージがある地域だ。そこで働こうと1990年代から続々と若い働き手が集まり、大工業地帯が出来上がった。珠江三角州と呼ばれるこれらの地域は中国が現代工業化する中で、重要なお手本にした地域としてもよく知られている。当時香港に住んでいたわたしもこういう位置づけの「東莞」の話はよく耳にしたし、東莞という地名を聞くと、いまだにそんな外国企業の下請け工場が立ち並ぶイメージが浮かぶ。
そこから出入りする人たちのためにホテルや娯楽業が生まれる。海外からの投資家たちの多くは家族を地元において単身赴任でやって来た人がほとんどだったし、もともと投資を元に出来上がった町では、中国の他都市と違って国営よりも外資や民営事業が広く歓迎された。政府の管理も緩く、自由な雰囲気があったこともこうした事業が大きく育つ背景となった。その結果、2009年の香港メディア報道によると、当時東莞で性風俗産業に関わっている人は約50万から80万人という規模にまで膨れ上がったという。
次に2008年以降、リーマンショックを受けて海外輸出が不振になると、東莞の工業も大きな影響を受ける。この時期、多くの輸出目的の工場が倒産、あるいは撤退し、多くの出稼ぎ者が町に投げ出された。そんな行き場を失った女性工員たちの中からも風俗産業に乗り換えた人もいた。工業界の不況がすでに巨大化して外部に名をはせ始めていた風俗産業の規模をさらに大きくしたのだという。
中央電視台の報道が大騒ぎになってから、東莞の風俗業界は東莞のGDPの14%を占めているという報道もあった。風俗産業は年間500億元(約8500億円)の経済効果を生んでいるという。もちろん、政府はそこから税金を徴収しているわけではないが、そこには実際に産業に従事する人たちのほか、ホテルやタクシー、宝飾店、化粧品店などさまざまな業界が風俗産業に依頼している。それが、この報道をきっかけに、広東省の胡春華党委員会書記が「徹底的な取り締まり」を言明したことにより、激しい打撃を受けるだろうと報道されている。
2月9日といえば、ちょうど長めの春節休暇を取った人たちが再び仕事先に戻っていく週末にあたっていた。だが、この報道のお陰で東莞行きの切符払い戻しを求める女性たちが列をなしている、という。ならばその女性たちは今後どこでどんな仕事を始めるのか、それについての後続報道はまだ見られない。
「東莞はこの騒ぎが落ち着けば、『クリーン』な街になるのだろうか、だがそれはどんな街なのだろう? それともまた人々がそぞろ戻ってきて以前の東莞に戻るのだろうか?」
だが、東莞の今後がどうなろうとも、この瞬間も各地では性風俗産業の営業は続いているわけだ。そして、身をひさぐことでしか暮らしていけない女性たちの問題は解決しないまま続くのである。
騒ぎのきっかけは今月9日、日曜日の午前に流れたニュースだった。華南の広東省にある都市、東莞市でさまざまなホテルや風俗店の様子をカメラで隠し撮りしたものが次から次へと流れ、「今日は普通なら陽の光を見ることが出来ない非合法の行為に焦点を当てましょう。それは売春、買春です」とやったのである。
もちろん、中国では買春も売春も違法である。10年ほど前に日本から社員旅行で東莞の隣町、珠海を訪れた日本人観光客グループが買春で摘発されて拘束され、大騒ぎになった事件を覚えている方もいるかもしれない。当時、中国を知る日本人の中から「違法だが、中国では売買春はそんなに珍しいものではないはずなのに...」という声も出た。だが、違法であることは間違いなく、そんな中国でも取り締まりは行われているのも事実だった。
今回の報道も一応、そんな「違法性」をタテに斬りこんでいた。カメラには、東莞市内のあちこちのホテルやカラオケ、サウナの入り口、そしてその中で顧客たちの前に女性が並んで選抜ショーが行われている様子、そして下見した部屋や料金体系を説明する責任者の姿まで収められていた。中には部屋に入って脇のカーテンを開けるとそこは飾り窓になっていて、女性たちが半裸で踊る様子を眺めることができるという仕掛けも紹介された。
さらに記者はそのうちの一か所で出くわした男性たちのグループが高級車アウディに乗って帰っていくのを尾行。彼らの勤務先とみられる場所の看板を撮影、車もその会社が所有するものであることを突き止めて実名で公表。一方で、東莞の警察に電話していくつかのホテルで売買春が行われていることを通報したが、「チェックに行く」と言って電話は切れたものの、結局いつまで待ってもパトカーどころか警官一人も現れなかったと報告していた。
こうなると、すわ、これは町の警察ぐるみの売買春ではないか、どんな利益が絡んでいるんだ?と誰もが思うだろう。番組は明らかに、視聴者にそういう憤りを植え付け、「違法なる売買春産業の厳しい取り締まり」が行われることを期待するように作られていた。
だが、番組放送直後からインターネットに流れ始めた人々の反応は、その期待とは180度違った。人々は口々に番組を製作した中央電視台を罵り、挙句の果てに「東莞がんばれ! 今夜、俺たちはみんな『東莞人』だ!」「泣くんじゃない、東莞」「東莞のために祈りを捧げる」などという、かつての地震の被災地に寄せたエールをもじった言葉まで飛び出した。以前「朝日君」の名前で親しまれた「文字絵」の作者、「@王左中右」さんが書いた「東莞で3級地震発生」の文字は多くの人たちに転送された。この「3級」とは地震の震度を指しているが、実は近隣の香港では、公開映画の検閲でエロ・グロ・暴力が過剰な作品には「3級」、つまり成人指定のマークが付く。それを引っ掛けたもので中国人ならひと目で意味がわかるほどよく出来ていた。
だが、この番組に対する批判はそんなネットユーザーによるおちゃらけや揶揄だけではなく、学者やその他ジャーナリストからも激しい声が上がっている。
特に中央電視台という国の権威性をまとった特殊なメディアが振るった権力に対して、ジャーナリストはことの外厳しく叱責している。そのうち、コラムニストの秦子嘉さんが書いた記事はあちこちで大きな反響を呼び、多くの人たちにシェアされた。そこにはこう書かれている。
「中央電視台の記者は中央電視台の威を借り、メディアのいわゆる監督権利を借りて、この業界の潜入報道を行ったことは、それ自体がすでに『ゴマを見て、スイカを見ない』というミスを犯している。中国にはこんな話よりもっと多くの、もっと重要なニュースがあるはずなのに、これまで一度も中央電視台の記者が取り組んだ報道は見ていない。彼らは楼堂館所に潜入した? できない。彼らは地下煉瓦工場に潜入した? できない。彼らは血汗工場に潜入した? できない。本当に怖くて出来ない時もあるんだろうが、一方でそんな苦労をするのは嫌だと思っているのだろう」
ここで秦さんが触れている「楼堂館所」というのは、国家機関や政府、あるいは軍隊が作ったクラブ的な内部組織のこと。官吏や軍人など特権的な世界に生きる人たちがそこで本当に何をしているのか、本当に報道されているものはほとんどない。「地下煉瓦工場」とは各地から誘拐されたり、あるいは人身売買で集めてきた人たちを労働力にレンガ造りをする工場。数年前に摘発された例では足に鎖を付けられ、かつての奴隷同然のように働かされていた人たちが救出された。中には子供や、身体や知能に障害を持っているために売られてきた人もおり、NGOが一部を救出したもののその後再び工場主と見られる人たちに誘拐され、また行方不明になった人もいる。「血汗工場」とは低条件で労働者を働かせている工場のこと。これらはすべて特殊な環境に守られつつ、違法な行為が行われている。
このような人々の根本的な生活に関わる、「もっと多くの、もっと重要なニュースがあるはず」という指摘は、アップルやスターバックス叩きの時にもあった。だが、それらは「消費者権益」、そして今回は明らかな「違法性」で、中央電視台は頬かむりをしている。さらに秦さんはこう続けている。
「そして彼らはサウナやホテルに潜入した。そちらのほうが気楽だし、肩も凝らない。さらには公費で消費者を装って大金持ちのふりをし、一列に並んだ若い女性たちを指差しながら品評し、そしてズボンを上げてから聖人君子ぶった顔で警察に通報する。警察に通報するのだって結局は匿名電話である。だが、一方の彼女たちは警察に身分証を調べられ、家に通報され、さらには大衆の目の前にさらされる危険に直面する。そして大衆にとっては、それはもうとっくに知っている事情でしかない。つまるところ、サウナに潜入してもなんのニュース価値はないのである」
この報道が大批判を引き起こしたのは、この女性たちが置かれた境遇に番組では一切触れていないことだ。報道は彼女たちをただの「違法な売春婦」としてしか扱っておらず、女性たちがなぜそこに立っているのかについては一言も触れず、また彼女たちと言葉を交わしている様子も流れていない。彼女たちは番組が告発するための、ただの「道具」なのである。
ジャーナリスト出身のコラムニストの鍾二毛氏は、「こうした報道は『なぜなのか』『どうすべきか』に立脚すべきであり、『何が』『いかに』を絶対に立ち位置にしてはいけないはず」と述べる。
「中央電視台の記者はもっと取材して、『なぜなのか』『どうすべきか』を探り、さらに国際的な水準から言えばさらに高い場所に立って、その立ち位置を『人』に置き、技師たち(女性たちのこと)、買春者、法執行者の話にすべきだった。人の困窮、制度の困窮、都市発展の困窮、それを描けばピュリッツァー賞並みのテーマなのに、中央電視台の報道は残念なことに、人の目を引きつけるという面では100点だったが、報道価値からすればマイナス、失格だ」
実際に隠し撮りされた映像では一部の女性の顔にはモザイクが入っておらず、見る人が見れば誰だかわかるかもしれないような場面もあった。さらに、日頃東莞で働いていることを理由に婚約を破棄された女性もいるという話が微博で話題になっていた。この事件で大きく注目されるようになった東莞はもともと、香港や台湾からの資本で作られた工場が立ち並ぶことで栄えた街である。性風俗業界が生まれた背景にも、外からひっきりなしにビジネスにやって来る人たちの需要があったためで、さらには工業マネジメントで培った管理手段を応用した「東莞型サービス」というスタイルが産業を支えているそうだ。
この「東莞型サービス」とは、地の利、人の利を利用して香港、台湾、日本、そしてタイなどで風俗サービス業の管理手段を学んだもので、「日本の成人映画」を基礎に「タイ式マッサージを組み込み、さらに中国医学のツボ原理を持ち込み、また香港式の発展したサービスなのだそうだ。それが今や東莞に「性の都」という呼び名をもたらし、さらにはそのサービスは「ISO合格基準」とまで言われ、実際に中国各地の性風俗産業のお手本にすらなっているという。
その東莞が「性の都」となったのは、その他にも理由がいくつか理由がある。
ひとつは行政区画面における利便性。中国では一般に地方では、市―県―鎮などと細分化され、そのそれぞれで政治資源が決まっているのだが、もとは県だった東莞は1985年に「市」に昇格、だがその傘下には「県」を持たず、直接「鎮」が続く構造になっている。「鎮」は日本的に言えば「町」である。市が直接町を管理するという、伝統的な行政区画を簡素化した作りは、広東省では他にも中山市や珠海市などでも見られ、行政手順も簡易化することによってこれらの市政府が主導し、香港や海外からの投資を引き込むことを目的としたものだったのは明らかだ。
そして投資が行われ、作られた工場には多くの働き手たちが地方から集まってきた。広東省といえば、もともと香港に近いため、中国国内でも華やかで開放的なイメージがある地域だ。そこで働こうと1990年代から続々と若い働き手が集まり、大工業地帯が出来上がった。珠江三角州と呼ばれるこれらの地域は中国が現代工業化する中で、重要なお手本にした地域としてもよく知られている。当時香港に住んでいたわたしもこういう位置づけの「東莞」の話はよく耳にしたし、東莞という地名を聞くと、いまだにそんな外国企業の下請け工場が立ち並ぶイメージが浮かぶ。
そこから出入りする人たちのためにホテルや娯楽業が生まれる。海外からの投資家たちの多くは家族を地元において単身赴任でやって来た人がほとんどだったし、もともと投資を元に出来上がった町では、中国の他都市と違って国営よりも外資や民営事業が広く歓迎された。政府の管理も緩く、自由な雰囲気があったこともこうした事業が大きく育つ背景となった。その結果、2009年の香港メディア報道によると、当時東莞で性風俗産業に関わっている人は約50万から80万人という規模にまで膨れ上がったという。
次に2008年以降、リーマンショックを受けて海外輸出が不振になると、東莞の工業も大きな影響を受ける。この時期、多くの輸出目的の工場が倒産、あるいは撤退し、多くの出稼ぎ者が町に投げ出された。そんな行き場を失った女性工員たちの中からも風俗産業に乗り換えた人もいた。工業界の不況がすでに巨大化して外部に名をはせ始めていた風俗産業の規模をさらに大きくしたのだという。
中央電視台の報道が大騒ぎになってから、東莞の風俗業界は東莞のGDPの14%を占めているという報道もあった。風俗産業は年間500億元(約8500億円)の経済効果を生んでいるという。もちろん、政府はそこから税金を徴収しているわけではないが、そこには実際に産業に従事する人たちのほか、ホテルやタクシー、宝飾店、化粧品店などさまざまな業界が風俗産業に依頼している。それが、この報道をきっかけに、広東省の胡春華党委員会書記が「徹底的な取り締まり」を言明したことにより、激しい打撃を受けるだろうと報道されている。
2月9日といえば、ちょうど長めの春節休暇を取った人たちが再び仕事先に戻っていく週末にあたっていた。だが、この報道のお陰で東莞行きの切符払い戻しを求める女性たちが列をなしている、という。ならばその女性たちは今後どこでどんな仕事を始めるのか、それについての後続報道はまだ見られない。
「東莞はこの騒ぎが落ち着けば、『クリーン』な街になるのだろうか、だがそれはどんな街なのだろう? それともまた人々がそぞろ戻ってきて以前の東莞に戻るのだろうか?」
だが、東莞の今後がどうなろうとも、この瞬間も各地では性風俗産業の営業は続いているわけだ。そして、身をひさぐことでしか暮らしていけない女性たちの問題は解決しないまま続くのである。