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海に落ちた針 - ふるまい よしこ 中国 風見鶏便り

ニューズウィーク日本版 2014年3月13日 19時47分

 これを書いている北京時間の3月13日午前現在、8日未明にクアラルンプールを北京に向けて出発した後消息を断ったマレーシア航空MH370便の「その後」に関する情報はまだまったくない。これまで伝えられていた「ベトナム領空入りした後に消息を断った」という情報に対して、11日夜遅くになって「同機はUターンしてマラッカ海峡に向かった」という情報がもたらされた。これが事実だとすると、北京に向けて東へ飛び立ったはずの同機は、西側に向かってマレーシアを飛び越えてインドネシアやタイとの境へと消えたことになる。ならばなぜ、マレーシア、インドネシア、タイのレーダーに記録されていないのか?

......などと素人のわたしが普通に抱く疑問などとっくに現場に詰めている各国の捜索チームが考えていることであり、ここではもちろんその答えが出せるわけがない。だが、この事件が長引くにつれていくつか明らかになってきたことがある。その点についてここで簡単にまとめておこうと思う。

 まずひとつは、マレーシア側があまりにも頼りないことだ。当事者であり、根幹となる情報を握っているマレーシア航空とマレーシア政府、さらには軍関係者から出てくる情報が信じられないほど少ない上に、そのうちの誰かがなにか言うと他に否定され、航空会社は最終的に知らぬ存ぜぬを決め込んでいるように見える。

 もちろん、大海で針を捜すような作業はそれほど簡単なものではないのだろう。だが、「マラッカ海峡をUターンした」という説も、メディアが「発言する代表権を持たない」匿名の軍関係者から耳にしたものだった。そして、夜半に流れたその情報は朝起きたら航空会社と軍トップに否定されていた。しかし、12日午前中のうちにこれまでずっと自国領海での捜索を続けてきたベトナムが捜索を縮小する方向を決め、「マレーシアからさらなる情報が出てきた場合に捜索続行を再考する」ことを明らかにしたという。

 そりゃそうだ。もともと情報提供が少なかったマレーシアから飛行機が突然まったくあさっての方に向かったらしいという情報が出てくれば、捜索を続けてきたベトナムも混乱するだろう。

「ベトナムはずっと発見し......マレーシア航空はずっと否認し......中国救援隊はずっと向かっていて......専門家はずっと分析し......世の中はずっと憶測して......メディアはずっとデマをかき消し......ハイテク機器はずっと飛行機を見つけられず......ぼくらはずっとツイッターを更新し続けている......」

 ソーシャルメディアではこんなつぶやきがさまざまなバージョンで転送された。消息不明になってすでに数日たっているのに、事態は同じことを繰り返しているばかりで遅々として何も進まず、中国メディアはあいも変わらず独自取材情報を流せないままだ。ただ前述したようにベトナムがここから撤退し、捜索にはインドが加わる可能性がある程度だ。

 積極的な情報提供をしようとしないマレーシア側の態度は、明らかに周囲を困惑させている。もう一つ、捜索が長引く中で飛行機の行方不明が明らかになったばかりの時に流れた情報も気になっている。今回の飛行機は2年前に上海の空港で中国の航空機とぶつかり、翼の一部を欠損していたという。きちんと翼の折れた同機の写真も付けられており、信ぴょう性は高いが、同航空はその事実は否定しなかった(が肯定もしなかった)ものの、「同機は数カ月前にメンテナンスを行ったが問題はなかった」と記者会見で繰り返すのみだった。

 航空事情に詳しい人の話によると、この機体破損情報は航空関係者内でも一時話題になり、専門メディアなどで討論されたが、当時の修理状況についてはマレーシア航空が握っているはずの同機の「カルテ」を見なければ判断できないのだという。そして同航空がその情報を出さない状態では具体的なことは何も言えないらしい。こんなふうに、機体が見つかっていない間にもマレーシア側が疑惑やデマを解消するために提供できる情報はもっとあったはずなのだ。

 この事件において最も大きな注目を集めた情報の一つが乗客の2人が盗難パスポートを使ったらしいという話についても、その2人がクアラルンプールから北京、そしてそこで乗り換えてアムステルダムへ、さらにそれぞれフランクフルトとコペンハーゲンに向かう予定だったという旅程を明らかにしたのは、2人にチケットを売った南方航空(MH370はマレーシア航空と中国南方航空のコードシェア便だった)を取材したイギリスメディアだった。

 さらに、その2人が同便を選んだのは本人たちの意志ではなく、実は「格安ルート」を求められた旅行代理店の職員だったことを突き止めたのもやはり別のイギリスメディアだった。そこから手に入れたチケット代理注文者の電話番号を元に、インターポールが最終的に、2人はただ「欧州への密入国を図っていたイラン人」だったことを割り出している。



 その間、マレーシアの政府関係者は監視カメラに映っていたという盗難パスポート利用者の容貌について記者会見で尋ねられ、イタリアの黒人サッカー選手の名前を挙げて彼にそっくりだ、などと答えていたのである。その後公開された監視カメラの映像を見ると、くだんの2人は同選手そっくりどころか、黒人ですらないことは誰が見ても明らかだ。

 さらに12日午後に同国政府が開いた記者会見では、同機が最後にレーダーに捉えられた時間がまた訂正され、呆れられている。英紙『デイリー・テレグラフ』記者はツイッターで、「最初は午前2時40分と言い、その後に1時30分と訂正し、そこから2時40分だと言い直し、今度は2時15分だってさ......」とつぶやいている。さらにイギリス公共テレビ局のチャンネル4の記者は「最後にレーダーに映ったのは土曜日早朝の2時14分という発表に、『(位置は)どこだ?』とジャーナリストたちが叫んだが、政府関係者はそれには直接答えなかった」と伝えている。

 同機の搭乗者である乗員12人を含めた239人のうち、そのうち3分の2に当たる153人が中国人だったことから、中国メディアも大きく注目している。特に今月1日に雲南省昆明で起こった無差別大量殺傷事件からそれほど日が経っていないこともあり、大量の中国人が巻き込まれるというこの大事件はあっという間に、人々の関心を1年に1度の二大政治会議(政治協商会議、全国人民代表大会)から奪いとった。

 人々はネット、特に微博などのソーシャルメディアで流れる情報にかじりついた。しかし、問題は前述したように当事者であるマレーシア側から流れる情報が少ないこと。それと同時に、中国メディア――特に日頃は世界各地に駐在記者を置いていることを喧伝している政府系メディアが今回、まったく現地から独自情報を取材して返してこないことに人々は気が付いた。

 中国のメディアでまだまだ海外に記者を駐在させる能力や資金力を持っている媒体は限られている。国のトップの訪問やあるいは特別な必要に応じて特派員を出すメディアは増えてきたものの、主要関係各国に駐在員を常駐させているのは中央電視台、新華社、『人民日報』などの豊富な資金力を持った伝統的政府系メディアくらいである。中央電視台はかつて「スターバックスの中国国内での価格が他国より高い」「アップルのメンテナンスサービスが他国に比べて差別的だ」と騒いだ時には海外特派員を縦横無尽に使ってこれみよがしに騒ぎ立ててきたのに、その彼らは今回まったく「機能」しなかった。

 ネットには情報を求める人があふれたが、飛び交う情報は外国メディアの翻訳がほとんどで、そのうちに憶測、推測、デマが乱れ飛ぶようになる。さらには政府系メディアの微博アカウントなどが「祈ろう! MH370よ、どこにいるのだ? 皆が待っているよ、早く帰っておいで」といった「売萌」(ぶりっこ)つぶやきを連発して、若いユーザーたちを煽り始めた。中国政府系メディアは最初の数日間、「中国の捜索船が当該機のものとみられる油の跡を発見......」「残骸の一部を発見......」などという情報を流しては、わずか十分間のうちに否定されるということを繰り返す無能ぶりだった。

 現地報道が頼りにならない分、中国ローカルメディアの視線は乗客家族に向けられた。空港やその後航空会社に集められたホテルでの激しい突撃取材が衝突を生んだ。そこから、「被害者報道のプライバシー」がどうあるべきかという議論がネットで巻き起こった。現場に詰めているわたしの知り合いの記者たちからは実際に家族に声をかけることすら逡巡する様子が個人的には伝えられているが、海外で前線情報に触れることができないメディアであればあるほど、アグレッシブに家族から情報を取ろうとしているようだった。

 そして、世論のメディアバッシングを受けて今度は政府当局と政府系メディアが紙面や微博を使って、わざわざそんなメディアを「戒める」つぶやきを発するようになると、現場の取材に詰めかけたメディア関係者にはなんとも言えない重苦しいムードが広がった。

 というのも、ほぼこれと同時にメディア報道を管轄する中央宣伝部から「マレーシア航空失踪事件について、メディアは勝手な分析や評論を控えること。中国民航当局の権威情報と新華社の統一原稿に厳格に依拠し、民航当局が乗客家族のために提供する情報やサービスなどを付け加えて報道すべし。各地のメディアは勝手に家族を取材してはならず、また不満を煽ってはならない。引き続き二大政治会議の宣伝に力をいれるように」という報道規制が出たからだ。



 もちろん、何かの事件が起こるとこうした報道規制が出るだろうことは、現場に飛び出したメディアの関係者なら誰もが予想している。問題はそれが出るタイミングとどうそれをかいくぐるか、である。彼らは情報を求めている人たち、真相を求めている人たちが社会にいることを知っているからだ。しかし、今回は乗客家族への同情、そして確かに勇みすぎた一部のメディアに対する世論の批判をバックに政府や政府系メディアが公開の場のソーシャルメディアで「メディアの自重」を堂々と説いて大衆を煽り、裏では報道を規制されるという手段が「正当化」された形となった。

 さらには家族の休憩室から引き離されたメディアの前に、休憩室から現れた男性が一部家族からの声明を読み上げ、「政治会議開催中の大事な時期に、政府に『面倒を』かけたくない」と述べたことにもメディアは困惑した。大事なのは家族なのか、それとも政治会議なのか......。メディア関係者のソーシャルメディア空間では、西洋メディアの取材力、情報収集力、検証力、発信力の的確さと素早さに打ちのめされた関係者の間で取材記者のルールをめぐる大討論が始まっている。

「メディアの職責とはムードを煽ったり、家族の悲しみを記録することではないはず。だが、相手がメディアに不満や訴えを伝えたい時、それこそメディアがやるべきことだ。そうした家族にとってメディアは唯一の支えになる。特に強大な商業の力を前に弱勢にある家族にとって、メディアを通じて彼らの声を伝えることはとても大事なことなのだ」

 香港の大学でもジャーナリズムを教えている、フェニックステレビのローズ・ルーチウさんがこう述べている。有効な情報を即時に流さないマレーシア航空と政府、そして「行き過ぎた報道」を利用して報道規制を正当化しようとする中国当局、そしてそれに隠れて情報は流さずに(時にはデマを流しつつ)ムードだけを煽り続ける政府系メディアとそれに乗せられる大衆...その中で良心的な中国メディアの記者たちはその方向性を巡って苦悩を続けている。

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