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海賊版大国、中国は旅客機までコピー?

ニューズウィーク日本版 2014年3月17日 11時51分

 中国には航空機開発の壮大な計画がある。目標は2014年のうちに、ボーイング737やエアバスA320のような人気ジェット旅客機の中国版を生産することだ。

 欧米への依存を断つため国有の製造工場に大金をつぎ込み、ビジネスの常識を覆す早さで計画は突き進んでいる。

 そもそも大勢の人を乗せた巨大な金属の塊を空に浮かせるには卓越した技術力が必要。だが中国がこの目標を達成するとしたら、おそらく技術力よりもコピー力のなせる技ゆえ、だろう。

 あらゆる分野で海賊版だらけの現状を見れば、中国で普通の商業倫理が通用しないことは明らかだ。知的財産に対する意識の低い中国の人々にとって、海賊版の製造は「つづりの上の犯罪」にすぎない。映画『ハリー・ポーター』やHike社製のスニーカー、iPedなら笑い話で済むが、高度9000メートルを飛ぶ旅客機が「ボーニング747」だったらどうか。

 中国が航空機の海賊版を造り始めたのは90年代のこと。91年の湾岸戦争でイラク軍を壊滅させた米軍の威力を目の当たりにした中国軍は軍備強化を目指したが、その計画の一部が米軍兵器の模倣だった。

 当時、米軍のF117ナイトホークは世界で唯一のステルス戦闘機だった。99年、NATO軍のユーゴスラビア空爆に投入されたナイトホークが、セルビア軍の地対空ミサイルによって撃墜された。炎と共に地面に落ちた「見えない飛行機」の破片を、現地の農民は自分たちの農場へ運んでいった。

 はるかかなたからこのチャンスを捉えた「ハリー・ポーター」の国、中国のスパイが、やがてバルカン諸国に姿を現した。彼らはかなりの金をばらまきながら農場を渡り歩き、墜落したF117ナイトホークの残骸を収集、祖国に送った。

窮地のロシアから「盗み」

 中国人は10年以上かけて、F117のコピー版の製造にいそしんだ。いま確かなのは、中国の「殲20」が世界で数少ないステルス戦闘機モデルの1つであり、見た目がF117にそっくりということだ。



 ロシアもステルス戦闘機を独自に開発しているが、中国はその技術も盗み取った。中国は96年、共産主義の崩壊と財政難でがんじがらめになっていたロシアとある取引をした。25億ドルをロシアに支払って、戦闘機Su27をライセンス生産する契約を結んだのだ。

 中国版Su27は殲11と名付けられたが、そこで行われたのが露骨な盗みだ。「契約が結ばれた時点で、中国がやることはみんな分かっていた」と、ロシア人の中国軍事専門家、ワシリー・カシンはウォール・ストリート・ジャーナルに語った。「だが危険を冒すしかなかった。当時は、生き残れるかどうかの瀬戸際だった」

 中国は殲11を100機ほど生産してから、04年に契約を解除。ロシア側には、この機種は基準に合わなくなったと通告した。機体の隅々まで研究し尽くしたからだろう。3年後、中国はSu27とそっくりの戦闘機を発表。そのコピー戦闘機を国際市場で、ロシア製より1000万ドルも安い価格で販売する。これが中国のやり口だ。

 エジプトやパキスタンのような特売品をあさる国には朗報だろう。だが、購入を検討中の国は注意したほうがいい。問題のあるモデルは、ロシア軍の戦闘機を分解し、コピーして造り上げたMA60。中国が初めて国際市場で売り出した旅客機だ。

 中国国内でMA60が販売されなかったのは、墜落事故があまりにも多かったからだ。中国の航空会社からそっぽを向かれて、コピー旅客機の在庫を抱えた中国航空工業集団公司は売り急いだ。第三世界の親愛なる同盟国に売り付けたのだ。

 2機を購入してくれたジンバブエ航空には、もう1機をおまけで付けた。大幅な値引きや低金利ローンで販売されたMA60は、相手国に対する政治的便宜の一部とされた。

 13年にはトンガ国王へ無償供与され、盛大な式典も行われた。だがMA60の評判はあまりにも悪く、ニュージーランドが安全性への懸念を理由にトンガの観光計画に対する援助を停止する、という事態にもなった。



あるパイロットの目撃談

 13年6月10日には、限界に達したかのように事故が続いた。まずインドネシアで緊急着陸した際に、機体が真っ二つに割れた。その後ミャンマー(ビルマ)で、滑走路をオーバーランする事故が発生。どちらも死者は出なかったが、ミャンマーはMA60の運航を中止した。

 13年夏、筆者はバンコクのバーでジェット機のパイロットと酒を飲んだ。アメリカ人の彼を、ここではマイケルとしよう。マイケルは各界の重要人物を乗せてアジアの空をしょっちゅう飛び、あらゆる場所を訪れて奇妙な体験をしている。その1つが1年ほど前のフライトだった。

 その晩、マイケルは「金属屋」を乗せてシンガポールからある場所に飛んだ。到着したのは巨大な格納庫で、中に8機の飛行機があった。機体は塗装前のような緑色。4機は解体され、部品が広々とした格納庫の床に並べられていた。

 シンガポールの金属屋は飛行機から飛び降りると、海賊版の製造にいそしむ中国人エンジニアと作業を始めた。彼らは分度器や定規、スマートフォンを手に、ばらばらになった部品を測っていく。彼は金属合成物を分析するために雇われたのだ。

 こうした問題に打つ手はあまりない。海賊版はいわば中国のお家芸だからだ。公平を期して言えば、故障を起こしているのは中国の飛行機だけでもない。

 13年はボーイングの787ドリームライナーにとって悪夢の年だった。1月には、リチウムイオン・バッテリーのトラブルにより、世界中で全機体が運航停止となった。このトラブルは解決されたが、解消し切れない欠陥も残っている。

 13年7月、ロンドンのヒースロー国際空港でエチオピア航空の787の機内で火災が発生し、滑走路が一時閉鎖された。8月と10月には日本航空の2機がトラブルのため途中で引き返し、ノルウェー航空でも9月に電気系統の異常が発生し、飛行を停止している。

 こうなったら、中国が完璧な性能もコピーしてくれるよう期待するしかない。

ヒュー・ギャラガー

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