2月の「人々はスマホに自分の運命を賭け始めた?」でわたしが興奮丸出しでご紹介した、「アリババ vs テンセント」という2大ネット企業のオンライン支払いサービス合戦は、あれからまだ1ヶ月あまりしか経っていないのに、さらにまた別の局面に入った。
一応報告しておく。前回の記事では「阿里巴巴 Alibaba」(以下、アリババ)が展開する財テクサービス(「余額宝」)を「サービス開始からわずか7ヶ月余りで4900万ユーザー、2500億元(約4兆2千億円)を集めた」という1月時の統計でご紹介したが、3月中旬に明らかになったところによると、余額宝の規模はすでに「ユーザー数8100万人、調達額は5400億元超(約9兆円)」に達したという。お陰でこの余額宝の財テクサービスを一手に引き受けている天弘基金管理有限公司は、あっという間に中国の業界トップに躍り出たそうだ。
これを「恐るべし、中国のバブル」と形容する人もいる。だが、政府の金利政策によって銀行の利率が一律低く抑えられている中国において、人々が少しでもよい利回りを求める気持ちは理解できる。同様の思いがあるからこそ、「ビットコイン in 中国」のような狂乱があった。銀行利息の低さや自由に自分の稼いだお金を海外に持ち出せないいために、その回避策を見つけようとするのはある意味自然だろう。もちろん、表沙汰にしたくない収入をロンダリングする動きもないとは言えないが、本当にそんな裏金を持っている人たちは同じように裏の手段も持っている。彼らが賢ければ、銀行口座や基金管理ファイルを通じて記録が残り、足がつくような余額宝には投じないはずだ。
3月になって、1年に1度の二大政治会議が開かれた際、そこに出席する中国人民銀行(中央銀行)トップや財政部関係者がわっとメディアに取り巻かれ、「余額宝を取り締まるのか」という質問が投げかけられた。これまで彼らが管轄していなかったネット商取引企業が金融財テク商品(アリババの余額宝やテンセントの理財通)を取り扱い始め、ネット上だけではなくタクシーや商店などのオフラインの環境でも2次元コード(QRコードなど)を使った、日本風に言えば「おサイフケータイ」サービス(アリババのアリペイやテンセントの微信支付)を始めてしまっている。その規模はまだ銀行業界の持つ貯蓄高の1%にも満たないが、あまりの注目度と勢いにこれまでそれらを一手に引き受けていた銀行業界は脅威を感じていた。
だが、メディアにマイクをつきつけられた中央銀行トップ及び政府の金融管理者たちは口をそろえて、「イノベーティブな動きは歓迎すべきだ。問題はあるかもしれないが、現代的なインターネット、そしてそれに支えられた金融がまた新たな動きを生み、新しい利潤モデルが生まれるはず。管理は必要だが、取り締まることはしない」と語り、銀行業界を愕然とさせた。さらに李克強・国務院総理もその施政報告で「インターネット金融の健康的な発展を促進していく」ことを明らかにしている。
これらの「お墨付き」に気を良くしたかのように、その直後にテンセントとアリババがそれぞれ中国銀行ランク11位の中信銀行と組んで、オンライン支払いサービスを使ったバーチャルクレジットカードを発行することを発表した。そのうちアリババが発行するクレジットカードは、中国のネット支払い額の約3分の1を占めるアリペイが持つ膨大な取引記録を参考に、そのユーザーからのオンライン申請を即時に認可するという触れ込みだった。それを聞いた時、これぞ中国最大のネット商取引のドンだ!とその規模の大きさにわたしも驚いた。
だが、一部のメディアからすぐに出た「アリペイが持つ個人データをどこまで銀行側と共有するのか」という質問に対して、アリペイ側は口を濁したという。しかし、このバーチャルクレジットカード発行発表の日に銀行業監督管理委員会が発表した今後推進予定の民営銀行試行プロジェクトのリストにもアリババとテンセントの名前が上がっており、今後アリババとテンセントは民営銀行運営に向けても歩を進めていくのは明らかとなった。
こうしてネット業界、特にネット商取引で大きくなった企業が、次は金融というこれまで国家体制に守られていた業界ブロックに国のお墨付きで堂々とツバをつけた。これからどうなっていくんだろう――と誰しもが完全にアリババとテンセント、そしてそれを利用するユーザーたちの思惑通りになっていくかのように、次なる展開にワクワクしていたところにガツンと手痛い反撃が来た。
中央銀行が、バーチャルクレジットカード発行発表から2日後(3月14日)に緊急通達を出して、同業務の展開に待ったをかけたのである。理由は「クレジットカード発行などに対して規定されている、管理当局への30日前申請が行われていなかったこと」だという。さらにその通達では、アリペイなどの中国版「おサイフケータイ」がタクシーや商店などでの支払いに使用している2次元コード(QRコードなど)の利用もストップするように命じていた。2次元コード支払いとは、ユーザーが自分の携帯アプリ(アリペイや微信支付)を開き、そこにあるコードを商店備え付けの専用機器(POS機)でスキャンさせて支払いをするシステムだが、その安全性が確認できない、という理由だった。
クレジットカードの方は中央銀行関係者がその後、とにかく申請手続きをとることを強調したことにより、今後認可される可能性があると見られているが、2次元コード支払いのストップは急速に店頭やその他のサービスで利用が伸びていることを考えると非常に頭が痛い問題である。
経済誌『新世紀』によると、銀行ATMカード全てに搭載されているサービス「銀聯」は中国最大のデビットカード&支払いサービスだが、そのサイフケータイ用端末機(こちらは2次元コードではなく、近距離通信システムNFCを利用)は2年かけてやっと100万台が普及したところだが、アリババとテンセントが提供する2次元コード支払い末端機はわずか半年で100万台を超える勢いで伸びているという。
つまり、これまで長い間銀行カード組合「銀聯」サービスですらその握っていた圧倒的な支払い市場シェアに加えてスマホ携帯を使った支払いに対応しつつあるのだが、そこにアリババ、テンセントがぐいぐいと食い込んできているのが分かる。
実際に2次元コードはそんなに危険なのか? 『新世紀』によると、「現在までに2次元コードを使った支払いで大規模な安全に係る事件は起きていない」と市場アナリストは語り、2次元コードが危険というのであれば、同様の危険性は(「銀聯」が使用する)NFCでも存在するという。技術面の問題は確かに解決が待たれるところだが、人々の心には別の憶測が広がっている。
さらにその憶測を広めたのは、その次の週になって、今度は中国の四大国有銀行が、傘下の銀行口座からアリペイや「微信支付」などのサービスへの資金振込枠を大きく引き下げたことだった。3月22日に引き下げを明らかにした中国建設銀行は、振込手続き1回につき最高限度額をそれまでの2万元(約33万円)から5千元(約8万円余り)へ、月間限度額も20万元(同330万円)から5万元(同82万円)とした。すでに工商銀行、農業銀行、中国銀行などの三大銀行も限度額の差はあるが、大きな引き下げを行っていた。
熱心なアリペイ利用者の中にはわたしの複数の友人たちのように、銀行ではなくアリペイで公共料金や携帯電話通信料などの支払いをするのがすでに習慣になっている人たちが少なからずいる。合わせて大型の買い物や旅行などでも利用したり、さらには冒頭で触れた財テクサービスの余額宝などへの投資を考えると、この限度額の大幅な引き下げは彼らの消費傾向に確実に大きな影響を与えるはずだ。
国有銀行側は、ユーザーが銀行に出向いて手続きを取れば、限度額以上の振込が可能だとするが、中国の銀行は一旦出向くと常に黒山の人だかりで、イヤというほど待たされる。実はこれが銀行口座から手軽に資金を動かせるアリペイや「微信支付」があっという間に普及した理由でもあった。
これら立て続けに行われた措置に、アリババ総帥のジャック・マー(馬雲)氏が激怒。「誰が銀行にこんな権限を与えたのだ? ユーザーが自分の資金を自由に支配するのを妨げるような権限を?」とSNSでつぶやき、大きな注目を浴びた。一方で、銀行関係者側は、これはアリババ側が銀行システムのグレーゾーンを利用していたせいだ、と指摘する。
というのは、これまで銀行からアリペイへの振込は、「簡易支払い」というサービスを通じて行われていた。巨大化するネット支払いサービスのアリペイの存在を中国の国有銀行も無視できずに提供したとされるが、ユーザーがアリペイのサイト上で自分の口座のある銀行を選び、そこに氏名、銀行ATMカード番号(=銀行口座番号)、身分証明書、携帯電話番号などの情報を打ち込んで、振込認可を待つ。つまり、ユーザーはこれら銀行口座と密接な関係を持つ情報を第三者サービスであるアリペイに自ら手渡し、アリペイが銀行と送金の手続きを取る形になっているのである。
日本の例を思い起こせば分かるはずだ。クレジットカードを利用する場合を除き、銀行口座から他サービスへ振込や支払いをする場合、日本では必ず本人が銀行の店頭に出向いてその手続きを取らなければならない。口座主が振込及び支払先の第三者に銀行関連情報を渡して代理申請することは出来ないことになっている。だが、アリペイは今まで膨大なユーザーからそれらの情報を預かり、銀行との認可を代行してきたわけだ。言われてみれば、これもかなりのグレーゾーンである。中国の銀行関係者は、それが許されたのは「簡易支払い」サービスとはもともと、「少額消費」を対象にしたものだったからだと説明する。
こうしてみると、確かにその説明の筋はそれなりに通っている。
だが、日頃からアリペイや「微信支付」を使ってきたユーザーたちは、これらを国有銀行やそれらが手を組んだ支払いサービス「銀聯」の横槍だと感じている。余額宝などのサービスの人気に慌て、貯金を移し始めた預金者に驚き、手軽なおサイフケータイサービスへの歓迎の声に焦りと感じているのだ、と受け止めている。
というのも、彼らは政府や公的機関がこれまで、「危険」を表向きの理由にして民間で人気のサービスを次々に潰してきたことを知っているからだ。近いところでは微博。昨年、「デマの蔓延防止」を理由に厳しい発言管理ルールを敷いた結果、多くのユーザーたちが微博から離れ、テンセントが提供する携帯チャットアプリ「微信」へと逃げ込んだ。
今、インターネットと切っても切れない生活をする人々は、長蛇の列に並ばずに簡便なサービスを提供し続けるアリババ、そしてネットを使って現実には楽しめないゲームや語らいの場を提供してきたテンセントに、絶大な信頼を置いているのである。その信頼はある種、彼らとともに成長してきた「仲間」としてのそれであり、権力を背景にした強制力や管理を使ってライバルを叩きつぶし、弱者を蹴飛ばして大きくなった上に権威を笠に着る国有銀行や管理当局を大きく上回っている。
中国はもともとグレーゾーンの多い国だ。そこでグレーゾーンを利用して次々とユーザーを喜ばせてきたアリババやテンセント。中国のグレーゾーンはちょっとやそっとでは埋まらない。だが、そのグレーゾーンの不安を煽られても、彼らのイノベーションを支えるのは絶大な信頼なのだ。今のところ、余額宝やアリペイ、「微信支付」に対する失望の声は伝わってこない。人々はアリババやテンセントがどんなふうに権威の壁に立ち向かっていくのかをじっと見守っているかのようだ。
一応報告しておく。前回の記事では「阿里巴巴 Alibaba」(以下、アリババ)が展開する財テクサービス(「余額宝」)を「サービス開始からわずか7ヶ月余りで4900万ユーザー、2500億元(約4兆2千億円)を集めた」という1月時の統計でご紹介したが、3月中旬に明らかになったところによると、余額宝の規模はすでに「ユーザー数8100万人、調達額は5400億元超(約9兆円)」に達したという。お陰でこの余額宝の財テクサービスを一手に引き受けている天弘基金管理有限公司は、あっという間に中国の業界トップに躍り出たそうだ。
これを「恐るべし、中国のバブル」と形容する人もいる。だが、政府の金利政策によって銀行の利率が一律低く抑えられている中国において、人々が少しでもよい利回りを求める気持ちは理解できる。同様の思いがあるからこそ、「ビットコイン in 中国」のような狂乱があった。銀行利息の低さや自由に自分の稼いだお金を海外に持ち出せないいために、その回避策を見つけようとするのはある意味自然だろう。もちろん、表沙汰にしたくない収入をロンダリングする動きもないとは言えないが、本当にそんな裏金を持っている人たちは同じように裏の手段も持っている。彼らが賢ければ、銀行口座や基金管理ファイルを通じて記録が残り、足がつくような余額宝には投じないはずだ。
3月になって、1年に1度の二大政治会議が開かれた際、そこに出席する中国人民銀行(中央銀行)トップや財政部関係者がわっとメディアに取り巻かれ、「余額宝を取り締まるのか」という質問が投げかけられた。これまで彼らが管轄していなかったネット商取引企業が金融財テク商品(アリババの余額宝やテンセントの理財通)を取り扱い始め、ネット上だけではなくタクシーや商店などのオフラインの環境でも2次元コード(QRコードなど)を使った、日本風に言えば「おサイフケータイ」サービス(アリババのアリペイやテンセントの微信支付)を始めてしまっている。その規模はまだ銀行業界の持つ貯蓄高の1%にも満たないが、あまりの注目度と勢いにこれまでそれらを一手に引き受けていた銀行業界は脅威を感じていた。
だが、メディアにマイクをつきつけられた中央銀行トップ及び政府の金融管理者たちは口をそろえて、「イノベーティブな動きは歓迎すべきだ。問題はあるかもしれないが、現代的なインターネット、そしてそれに支えられた金融がまた新たな動きを生み、新しい利潤モデルが生まれるはず。管理は必要だが、取り締まることはしない」と語り、銀行業界を愕然とさせた。さらに李克強・国務院総理もその施政報告で「インターネット金融の健康的な発展を促進していく」ことを明らかにしている。
これらの「お墨付き」に気を良くしたかのように、その直後にテンセントとアリババがそれぞれ中国銀行ランク11位の中信銀行と組んで、オンライン支払いサービスを使ったバーチャルクレジットカードを発行することを発表した。そのうちアリババが発行するクレジットカードは、中国のネット支払い額の約3分の1を占めるアリペイが持つ膨大な取引記録を参考に、そのユーザーからのオンライン申請を即時に認可するという触れ込みだった。それを聞いた時、これぞ中国最大のネット商取引のドンだ!とその規模の大きさにわたしも驚いた。
だが、一部のメディアからすぐに出た「アリペイが持つ個人データをどこまで銀行側と共有するのか」という質問に対して、アリペイ側は口を濁したという。しかし、このバーチャルクレジットカード発行発表の日に銀行業監督管理委員会が発表した今後推進予定の民営銀行試行プロジェクトのリストにもアリババとテンセントの名前が上がっており、今後アリババとテンセントは民営銀行運営に向けても歩を進めていくのは明らかとなった。
こうしてネット業界、特にネット商取引で大きくなった企業が、次は金融というこれまで国家体制に守られていた業界ブロックに国のお墨付きで堂々とツバをつけた。これからどうなっていくんだろう――と誰しもが完全にアリババとテンセント、そしてそれを利用するユーザーたちの思惑通りになっていくかのように、次なる展開にワクワクしていたところにガツンと手痛い反撃が来た。
中央銀行が、バーチャルクレジットカード発行発表から2日後(3月14日)に緊急通達を出して、同業務の展開に待ったをかけたのである。理由は「クレジットカード発行などに対して規定されている、管理当局への30日前申請が行われていなかったこと」だという。さらにその通達では、アリペイなどの中国版「おサイフケータイ」がタクシーや商店などでの支払いに使用している2次元コード(QRコードなど)の利用もストップするように命じていた。2次元コード支払いとは、ユーザーが自分の携帯アプリ(アリペイや微信支付)を開き、そこにあるコードを商店備え付けの専用機器(POS機)でスキャンさせて支払いをするシステムだが、その安全性が確認できない、という理由だった。
クレジットカードの方は中央銀行関係者がその後、とにかく申請手続きをとることを強調したことにより、今後認可される可能性があると見られているが、2次元コード支払いのストップは急速に店頭やその他のサービスで利用が伸びていることを考えると非常に頭が痛い問題である。
経済誌『新世紀』によると、銀行ATMカード全てに搭載されているサービス「銀聯」は中国最大のデビットカード&支払いサービスだが、そのサイフケータイ用端末機(こちらは2次元コードではなく、近距離通信システムNFCを利用)は2年かけてやっと100万台が普及したところだが、アリババとテンセントが提供する2次元コード支払い末端機はわずか半年で100万台を超える勢いで伸びているという。
つまり、これまで長い間銀行カード組合「銀聯」サービスですらその握っていた圧倒的な支払い市場シェアに加えてスマホ携帯を使った支払いに対応しつつあるのだが、そこにアリババ、テンセントがぐいぐいと食い込んできているのが分かる。
実際に2次元コードはそんなに危険なのか? 『新世紀』によると、「現在までに2次元コードを使った支払いで大規模な安全に係る事件は起きていない」と市場アナリストは語り、2次元コードが危険というのであれば、同様の危険性は(「銀聯」が使用する)NFCでも存在するという。技術面の問題は確かに解決が待たれるところだが、人々の心には別の憶測が広がっている。
さらにその憶測を広めたのは、その次の週になって、今度は中国の四大国有銀行が、傘下の銀行口座からアリペイや「微信支付」などのサービスへの資金振込枠を大きく引き下げたことだった。3月22日に引き下げを明らかにした中国建設銀行は、振込手続き1回につき最高限度額をそれまでの2万元(約33万円)から5千元(約8万円余り)へ、月間限度額も20万元(同330万円)から5万元(同82万円)とした。すでに工商銀行、農業銀行、中国銀行などの三大銀行も限度額の差はあるが、大きな引き下げを行っていた。
熱心なアリペイ利用者の中にはわたしの複数の友人たちのように、銀行ではなくアリペイで公共料金や携帯電話通信料などの支払いをするのがすでに習慣になっている人たちが少なからずいる。合わせて大型の買い物や旅行などでも利用したり、さらには冒頭で触れた財テクサービスの余額宝などへの投資を考えると、この限度額の大幅な引き下げは彼らの消費傾向に確実に大きな影響を与えるはずだ。
国有銀行側は、ユーザーが銀行に出向いて手続きを取れば、限度額以上の振込が可能だとするが、中国の銀行は一旦出向くと常に黒山の人だかりで、イヤというほど待たされる。実はこれが銀行口座から手軽に資金を動かせるアリペイや「微信支付」があっという間に普及した理由でもあった。
これら立て続けに行われた措置に、アリババ総帥のジャック・マー(馬雲)氏が激怒。「誰が銀行にこんな権限を与えたのだ? ユーザーが自分の資金を自由に支配するのを妨げるような権限を?」とSNSでつぶやき、大きな注目を浴びた。一方で、銀行関係者側は、これはアリババ側が銀行システムのグレーゾーンを利用していたせいだ、と指摘する。
というのは、これまで銀行からアリペイへの振込は、「簡易支払い」というサービスを通じて行われていた。巨大化するネット支払いサービスのアリペイの存在を中国の国有銀行も無視できずに提供したとされるが、ユーザーがアリペイのサイト上で自分の口座のある銀行を選び、そこに氏名、銀行ATMカード番号(=銀行口座番号)、身分証明書、携帯電話番号などの情報を打ち込んで、振込認可を待つ。つまり、ユーザーはこれら銀行口座と密接な関係を持つ情報を第三者サービスであるアリペイに自ら手渡し、アリペイが銀行と送金の手続きを取る形になっているのである。
日本の例を思い起こせば分かるはずだ。クレジットカードを利用する場合を除き、銀行口座から他サービスへ振込や支払いをする場合、日本では必ず本人が銀行の店頭に出向いてその手続きを取らなければならない。口座主が振込及び支払先の第三者に銀行関連情報を渡して代理申請することは出来ないことになっている。だが、アリペイは今まで膨大なユーザーからそれらの情報を預かり、銀行との認可を代行してきたわけだ。言われてみれば、これもかなりのグレーゾーンである。中国の銀行関係者は、それが許されたのは「簡易支払い」サービスとはもともと、「少額消費」を対象にしたものだったからだと説明する。
こうしてみると、確かにその説明の筋はそれなりに通っている。
だが、日頃からアリペイや「微信支付」を使ってきたユーザーたちは、これらを国有銀行やそれらが手を組んだ支払いサービス「銀聯」の横槍だと感じている。余額宝などのサービスの人気に慌て、貯金を移し始めた預金者に驚き、手軽なおサイフケータイサービスへの歓迎の声に焦りと感じているのだ、と受け止めている。
というのも、彼らは政府や公的機関がこれまで、「危険」を表向きの理由にして民間で人気のサービスを次々に潰してきたことを知っているからだ。近いところでは微博。昨年、「デマの蔓延防止」を理由に厳しい発言管理ルールを敷いた結果、多くのユーザーたちが微博から離れ、テンセントが提供する携帯チャットアプリ「微信」へと逃げ込んだ。
今、インターネットと切っても切れない生活をする人々は、長蛇の列に並ばずに簡便なサービスを提供し続けるアリババ、そしてネットを使って現実には楽しめないゲームや語らいの場を提供してきたテンセントに、絶大な信頼を置いているのである。その信頼はある種、彼らとともに成長してきた「仲間」としてのそれであり、権力を背景にした強制力や管理を使ってライバルを叩きつぶし、弱者を蹴飛ばして大きくなった上に権威を笠に着る国有銀行や管理当局を大きく上回っている。
中国はもともとグレーゾーンの多い国だ。そこでグレーゾーンを利用して次々とユーザーを喜ばせてきたアリババやテンセント。中国のグレーゾーンはちょっとやそっとでは埋まらない。だが、そのグレーゾーンの不安を煽られても、彼らのイノベーションを支えるのは絶大な信頼なのだ。今のところ、余額宝やアリペイ、「微信支付」に対する失望の声は伝わってこない。人々はアリババやテンセントがどんなふうに権威の壁に立ち向かっていくのかをじっと見守っているかのようだ。