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どん底イタリアに奇跡を起こす男

ニューズウィーク日本版 2014年4月11日 12時4分

 第二次大戦中にファシスト政権が倒れて以来、イタリアでは約70年間に60以上の内閣が誕生しては倒れてきた。近年、政治はますます機能不全に陥り、長引く不況にも出口が見えない。そんなどん底状態の国に、すい星のように「救世主」が現れた。

 実際、イタリア史上最年少の首相となったマッテオ・レンツィ(39)は、神を引き合いに出すのが好きだ。親しい友人たちの話によると、レンツィはカトリック教会の司祭に「マッテオ、確かに神はおられる。だが君ではない。肩の力を抜きなさい」と諭された話をするのが好きだという。

 レンツィは、歴代政権がことごとく失敗してきたイタリアのルネサンス(再生)を、自分なら実現できると信じている。その自信はどこから来るのか。レンツィとはいったい何者なのか。そして彼の政権は十分な期間続くのか。

 先月半ばに就任したばかりのレンツィだが、猛烈な仕事人間でツイッター中毒であることは既によく知られている。

 ジョルジョ・ナポリターノ大統領から首相に指名された2分後には、「行くぞ、行くぞ!」と興奮気味のツイートをした。90万人以上のフォロワーに向けて朝6時40分に「政府の緊急案件を処理中。#おはよう」とツイートしたこともある。首相官邸の中庭の写真付きだ。

 側近たちは、レンツィを3分以上座らせておくのに苦労している。側近も番記者も、これから4年間はほとんど眠れないと覚悟している。何しろレンツィは朝は早いし、寝るのは午前2時。日曜日も仕事をする。

「マッテオは考えるのも行動を起こすのもスピーディーな世代の人間だ。結構なことだが、危なっかしいところもある」と言うのは、レンツィの右腕のグラツィアーノ・デルリオ官房長官(53)だ。

 わずか2カ月足らずの間にフィレンツェ市長から民主党書記長(党首)、さらには首相へと上り詰めたレンツィだが堅苦しいところはない。週末はジーンズに腕まくりをした白いシャツがお気に入りのスタイルだ。高校教師の妻と3人の子供がいる。

 平日はダークスーツにネクタイを締めているが、イタリア首相として初めて議会にノートパソコンを持ち込むなど、政治の世界に次々と新しい風を吹き込んでいる。バラク・オバマ米大統領を敬愛するレンツィだが、彼自身も演説上手で知られる(ちなみにオバマは今月末にイタリアを公式訪問する予定だ)。

「あれは天賦の才能だ」と語るのは、大学時代の同級生でもあるフィレンツェ市のダリオ・ナルデッラ副市長だ。「マッテオの周囲でメディア戦略に一番たけているのは彼自身だろう。彼なら人民のリーダーになれる」



フィレンツェを大改革

 レンツィが政治の世界に足を踏み入れたのは95年のこと。フィレンツェ大学で法律を学んでいるとき、ロマーノ・プロディ(後の首相)の後援組織に関わったのが最初だった。フィレンツェ県知事を経て、09年にフィレンツェ市長に就任すると、次々と改革を打ち出した。

 市会議員の定員を半分にし、自治体関係の公用車を減らして歳出を削減。その一方で公立学校の新設・改修に5100万ユーロ、社会福祉関連事業に2500万ユーロを投じ、幼稚園の待機児童を90%減らすことに成功した。

 フィレンツェ中心部の歴史地区への一般車両乗り入れを禁止し、公衆無線LANスポットを500カ所設置するなどして観光業を推進。年間800万人の観光客を呼び込むとともに、新規雇用の創出にも力を入れた。

 さらにレンツィは、市の歳入を増やすために思い切った措置を導入して議論を巻き起こした。歴史的な施設や広場を、企業のイベントや結婚式の会場として有料で貸し出したのだ。昨年はインド人カップルがベッキオ橋を3日間借り切って結婚式を敢行。周辺住民からは大ブーイングを浴びたが、市には800万ユーロが転がり込んだ。レンツィはこうした政策を、イタリア全体にも広げたい考えだ。

 ただ、フィレンツェは人口37万人の街にすぎないが、イタリアは人口6000万人の国。問題の大きさも桁違いだ。イタリアの今年の成長率はわずか0.6%で、公的債務はGDP比133.2%に達する見通しだ。失業率は13%近く、若者に限定すれば40%を超える。

 レンツィは経済の抜本的改革を進めるとし、重要な改革を毎月1つずつ実行すると約束した。課題は山積している。投資を呼び込み、企業活動をサポートする一方で、雇用税を削減して雇用を生み出す必要がある。

 選挙法を改正して政治の安定性を高め、司法手続きのスピードアップも図りたい。マフィア対策という避けて通れない厄介な問題もある。「イタリアは単なる美しい観光地であってはならない」と、レンツィは議会で訴えた。

 外交面でも課題が多い。レンツィは首相就任後初の外国訪問先として、EUの「首都」ブリュッセルでもアメリカでもなく、チュニジアを選んで内外を驚かせた。その背景には、7月にイタリアがEU議長国になるときまでに、対アフリカとの対話を再開しておきたいという思いがある。



新ルネサンスに向けて

 アメリカを軽視しているわけではない。レンツィは12年に米民主党全国大会(オバマが2期目の大統領候補に正式指名された)に出席したこともあるほど、アメリカの政治モデルを評価している。

 昨年、自らがイタリア民主党書記長選に出馬したときは、イタリア全土を車で回ってアメリカ流の選挙活動を展開。支持者から資金を集めた。

 イタリアが外交で手を焼く可能性がある相手はインドだ。レンツィは首相就任後早々に、インドに拘束されている2人のイタリア海兵隊員に激励の電話を入れている。

 2人は12年にインド沖で漁船を海賊船と間違えて銃撃し、インド人漁師2人を殺害した事件でインド当局に拘束され、起訴されている。レンツィは彼らが帰国できるよう首相として全力を尽くすと約束したが、インドとの間に生じたわだかまりは簡単には解けそうにない。

 国内にも敵はいる。お笑い芸人ベッペ・グリッロ率いる「五つ星運動」などの小政党は、レンツィが有力財界人を優遇していると批判。五つ星運動は、レンツィが連立内閣を組閣するときも協力を断った。

 レンツィは民主党の長老たちを「老害」として一掃するなど、党内にも不協和音を生んでいる。おかげでメディアに「壊し屋」と呼ばれている。

 だが、レンツィは歴代首相ができなかったことをやってみせると自信満々だ。その自信がどこから来るのかは誰にも分からない。イタリアに新しいルネサンスをもたらすには、奇跡が必要だという声もあるが。

 右腕のデルリオに言わせれば、思いどおりの改革を実現できるかどうかは決断力と、政権を長期間維持できるかどうかに懸かっている。「政治を取り巻く状況は変わった。レンツィが掲げる重点政策の内容と、現政権が上下院の任期満了(18年)まで続くべきだという点は誰もが同意している」

 その楽観論を裏付けるように、最近の世論調査では、回答者の56%が「レンツィ政権は長続きすると思う」と答えている。

 首相としてのレンツィの力量は未知数。だがイタリア再生という奇跡を起こすには、国民の期待と支持が大きな支えになるのは間違いない。

[2014.3.25号掲載]
シルビア・マルチェッティ

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