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インドと日本を結ぶ意外な友情

ニューズウィーク日本版 2014年4月18日 12時12分

 もしも日本の首相にインド総選挙で一票を投じる権利があったら、安倍晋三は間違いなくナレンドラ・モディを首相候補とする野党・インド人民党(BJP)に投票するだろう。

 安倍とモディはいずれも民族主義者でタカ派の保守主義者であり、多くの問題について見解を共有する長年の友人でもある。今後何年間にもわたって、大いに助け合うことができる可能性のある間柄だ。

 外交専門誌フォーリン・ポリシー(オンライン版)によれば、12年末に安倍の首相再登板が決まった際、最初に祝福の意を伝えた海外要人の1人が、一介の州首相にすぎないモディだった。同誌のシュレー・バルマは、日本の首相とグジャラート州の首相が電話で話すのは「厳密な外交儀礼に照らせばおかしい」が、「長い年月の中で2人の個人的関係、日本と同州の経済的パートナーシップが育まれてきたこと」を強調する出来事だったとしている。

 バルマによれば、きっかけは02年にグジャラート州で起こった暴動だった。約1200人の死者を出した一連の騒動を事実上黙認したとして、モディに非難が集中。アメリカと一部の欧州諸国はモディに背を向けた。

 そのため、グジャラート州政府は貿易の機会を求めて「東方」、特に日本に目を向けることになった。モディ自らも07年に日本を訪問し(インドの州首相による公式訪問は初めてのことだった)、これがきっかけで同州と日本政府の間に新たな投資ルートが開かれた。

 これ以降、グジャラート州のインフラや自動車工場の建設プロジェクトなどに日本から多額の資金が流れ込んだ。12年には政財界の大規模な代表団が同州を訪れ、将来的な企業進出や投資について協議を行っている。日本からグジャラート州への民間投資は、15年度末までに20億ドルに達する見通しだ。



「絆」の背景に中国の影

 日本は外交面でも貿易面でも一貫して、モディを単なる州首相ではなく閣僚並み、さらには国家元首並みに遇してきたわけだ。4〜5月に予定されている総選挙でBJPが現与党の国民会議派を破り、モディがインド首相に「昇格」すれば、両国の絆はさらに強いものになると予想される。

 安倍はモディだけでなく、退任するマンモハン・シン現首相とも友好関係を維持してきた。2期10年に及んだシン政権の下、インドと日本はより緊密な戦略的連携を築いてきた。この背景には、アジアにおける両国の最大のライバルである中国が、経済的にも軍事的にも力を増してきた事実がある。

 ここ数年は、両国の要人が互いの国を訪問している。安倍は野党時代の11年にもニューデリーを訪れてシンと会談を行っている。昨年は日本の天皇皇后両陛下が53年ぶりとなるインドへの歴史的訪問を果たした。

 1月に首都ニューデリーで開かれたインド共和国記念日の祝賀式典にも、安倍は主賓として招かれ出席している。モディの次期首相就任が濃厚になるなか、安倍は今後インドをさらに優遇する可能性が高い。

 インドもその厚遇に応えるだろう。日中関係が領土・領海や北朝鮮などの問題をめぐって悪化の一途をたどるなか、「モディ首相」率いるインドは中国政府をさらにいら立たせる行動を取る可能性が大いにある。インドは今年、マラバル沖で実施する米印海軍合同演習に日本の自衛隊を招待している。また日本から軍用機を調達する意向とも伝えられる。

 インドも中国との間に領土紛争を抱えているが、モディは中国を拒絶しているわけではない。実際、彼は11年に中国を訪れ、国家元首並みの歓待を受けている。当時モディは中国に対し、グジャラート州への投資を呼び掛けた。ちょうど日本に投資を求めたのと同じように。

 だが投資誘致のアピールを行う一方で、モディは中国の拡張主義的な政策には明確な反対を表明している。英フィナンシャル・タイムズ紙によれば、モディは最近、北東部アルナチャルプラデシュ州で行った選挙演説で、中国に対して「拡張主義的な態度」を慎むべきだと警告している(中国は隣接する同州を自国の領土と主張し、「南チベット」と呼んでいる)。



第3のパートナーも必要

 国際戦略研究所(IISS)の地政学的経済学・戦略部門ディレクターで、ニューデリーの政策研究センターの名誉研究員でもあるサンジャヤ・バルーは、インディアン・エクスプレス紙への寄稿で、もしもモディが首相に選出されれば「国民の士気を高めるため」に安倍同様の民族主義的な外交政策を取るだろうと書いている。

「国内経済への投資と海外での戦略的インフラ投資を組み合わせる安倍のやり方を、モディは高く評価している」と、バルーは指摘している。「彼は瀕死のインド経済の活性化に重点を置いている。不景気が続く日本で安倍が権力の座に就いたやり方とまさに同じだ」

 安倍とインド次期首相と目されるモディの両者に必要なのは、今後、中国に対抗していくためのアジアにおける「第3のパートナー」かもしれない。インドの著名な政治アナリストであるジャスワント・シンは、インドと日本、韓国の3国が安全保障面で協力して、中国に対抗する3本柱を構成することを提案している。

 インドの財務相、外相、国防相を歴任したシンは、韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領と日本の安倍首相がいずれも、中国が「昨年11月に韓国の防空識別圏と約3000平方キロ重なる日本海上空に新たな防空識別圏を一方的に宣言したこと」に危機感を募らせていると指摘。これを受けて日韓両国は、中国南方においてインドと連携し、防衛・安全保障を強化する(原子力エネルギーに関する協力も含む)動きに出たと論じている。

 日本の小野寺五典防衛相は1月、インドを訪問し、4日間にわたり防衛当局者と協議を行った。「日本とインドの戦略的およびグローバルなパートナーシップを強化する」ための2国間安保協定の詳細を詰めることが目的だった。これには海賊対策や海洋安保、テロ対策などで協力を深化させる合同演習や軍事交流も含まれる。

 ウッドロー・ウィルソン国際研究センター(ワシントン)の上級研究員マイケル・クーゲルマンは、印日関係はアジアにおける最も良好なパートナーシップの1つだとしている。「両国はアジアにおける中国の影響力増大に懸念を募らせるなか、この数年で特に親密さを増した」と彼は言う。「中国に関する懸念が、おそらく緊密さの一番の理由だろう」



景気浮揚も日本が救済?

 モディはインドの景気対策に重点を置かなければならないが、ここでも日本が救いの手を差し伸べられる可能性がある。

 アジア最大の民主主義国家であるインドと日本の2国間貿易は拡大の機が熟している。11〜12年の2国間貿易の額はわずか184億ドルだった。対して印中貿易(13年)は655億ドル、日中貿易は3119億ドルにも上る。また中国に拠点を置く日本企業は2万社以上に達する一方、インドに進出している企業は1000社余りにすぎない。

 だからこそ印日貿易には大きな潜在力がある。クーゲルマンによれば、両国関係の改善は「強い経済的側面」に支えられており、「来るべきモディ政権もそこに期待している」。

 だがモディが選挙で勝利したとしても、彼は12年に圧勝で再選された安倍よりも大きな難題に直面する可能性が高い。

 安倍率いる自由民主党は現在、衆参両院で過半数を占めているが、モディ率いるBJPは、選挙で第1党になっても議会で過半数を獲得できる可能性は薄い。そのため連立政権を組まざるを得ず、モディが自由に政策を実行できる余地は狭まるかもしれない。

 それでもロイター通信のコラムニストであるアンディ・ムカジーのみるところ、モディは安倍からの支援に期待してもよさそうだ。

「日本の企業や銀行は投資先を探しているが、高齢化の進んだ日本社会にはその受け皿がない」と、ムカジーは言う。「ならばインドに投資すればいい。インドの人口構成は若いし、何よりもインフラ投資を必要としているのだから」

[2014.4. 1号掲載]
パラシュ・ゴシュ

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