アメリカは疲れ切っている。イラクとアフガニスタンでの12年に及ぶ戦闘で、数千人の兵士の命と巨額の国費が消えた。その結果、アメリカ人は疲弊し、分断され、戦争に二の足を踏む。
米政府は、現代版のローマ帝国さながらの狭量な政治的憎悪に翻弄されている。13年3月には財政赤字削減をめぐる民主・共和両党の協議が決裂し、歳出の強制削減が発動。国防費は削減された。
さらに、10月にかけて債務上限引き上げ問題をめぐる与野党の対立はエスカレート。米政府は、世界経済にパニックを引き起こしかねないデフォルト(債務不履行)の瀬戸際に追い込まれた。政府機関が閉鎖されるなどの大混乱を受けて、バラク・オバマ米大統領は10月のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議を欠席せざるを得なかった(米軍をアジア太平洋重視に転換させる「ピボット」戦略の目玉となるはずの重要な会議だった)。08年の金融危機でアメリカ式経済モデルが地に落ちたように、13年の政治の迷走はアメリカ式政治モデルへの信用を失墜させた。
アメリカ人はかつて自分の国が世界で突出した存在であることに孤独を感じていたが、今では他国と距離を置きたがっている。といっても、アメリカが弱体化したわけではない。軍事力では他国の追随を許さず、景気は回復基調にある。失業率は低下し、エネルギーの外国依存度も短期間で急速に改善した。アメリカ人はただ、「世界の警察官」の役割を他の誰かに代わってほしいのだ。
シカゴ国際問題評議会の12年の調査では、アメリカが国際問題から手を引くべきと答えた人は、1947年以来最も高い38%だった(イラク、アフガニスタンでの戦争の渦中に育った18〜29歳では半数以上だ)。
アメリカ人にとって「世界」は不愉快な存在になりつつある。大西洋や太平洋の海上交通路をなぜアメリカが警備するのか。独裁者たちが自国民を苦しめているというだけで、なぜ米軍を派遣しなければいけないのか。ピュー・リサーチセンターの最新世論調査でも、アメリカ人の52%が「アメリカは自国の問題に専念し、諸外国の問題は当事国の裁量に委ねるべきだ」と答えている。
一方、世界がアメリカに愛想を尽かし始めた面もある。最大の原因は、元CIA職員のエドワード・スノーデンが暴露した米国家安全保障局(NSA)の監視活動だ。
人々の通信を監視し、行動や居場所を追跡するNSAのスパイ活動は、多くの人々の想像をはるかに超えるレベルだった。とりわけ深刻なダメージをもたらしたのは、ドイツのアンゲラ・メルケル首相をはじめ同盟国の指導者たちの通信まで傍受していた事実だ。これによって、ただでさえ低下していたアメリカへの信頼は一段と傷つき、そもそも米政府を信頼していいのかという疑問まで浮上している。
では、既存の国際関係が揺らぎ、アメリカが指導的役割を果たさなくなったら、世界にどのような影響が生じるのか。アメリカがリーダーでなくなった世界とはどんな世界なのだろう。
日中対立が深刻な火種に
そこに待ち受けるのは、対立が絶えない恐ろしい世界、無秩序と混乱が広がる世界だ。現時点でアメリカに代わって国際秩序を守り、歯止めとなれる国は存在しない。どの大国も政治的意思や軍事力、経済的影響力の面でアメリカの抜けた穴を埋めることはできない。その結果、世界は複数の国が覇権を争いつつ、どの国もトップに立てない混乱状態に陥るだろう。アメリカなき世界では、アメリカに向けられていた世界の怒りは強い不安感に取って代わられる。
中国に日本、ロシア、ブラジル、イランそしてサウジアラビア。こうした各地域の有力国は、支配的な地位を得たい野心を隠そうとしないだろう。トルコやインドのような新興国は独自の道を歩もうとし、その邪魔をする国々を相手に危険な行動に出るかもしれない。
中東はエジプトやサウジアラビア、イスラエルにおける予期せぬ事態の暴発に見舞われる恐れがある。中国やロシアの独裁政権は遠く離れた独裁国家の後ろ盾となり、民衆運動の弾圧に手を貸すかもしれない。
南シナ海での領有権争いは収拾がつかなくなる可能性がある。アメリカのアジアにおける軍備削減につけ込んだ北朝鮮が何をするかは予測がつかない。
こうしたシナリオの一部はまったくの仮説でもない。成長の続くトルコは、近隣地域でこれまで以上に大きな役割を果たすことを熱望。イスラム色の強い同国のエルドアン政権はイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相や、軍主導のエジプト暫定政権との対立を強めている。
アメリカがシリア内戦に介入しないことに憤慨するサウジアラビアは13年10月、国連安全保障理事会の非常任理事国への就任を辞退した。思わぬ事態だが、アメリカと意見が異なるなら独自の道を進むしかないのだろう。
(4月23日掲載の「アメリカなき世界に迫る混沌の時代【後編】」に続く)
[2013.12.31号掲載]
ウィリアム・ドブソン(スレート誌政治・外交担当エディター)
米政府は、現代版のローマ帝国さながらの狭量な政治的憎悪に翻弄されている。13年3月には財政赤字削減をめぐる民主・共和両党の協議が決裂し、歳出の強制削減が発動。国防費は削減された。
さらに、10月にかけて債務上限引き上げ問題をめぐる与野党の対立はエスカレート。米政府は、世界経済にパニックを引き起こしかねないデフォルト(債務不履行)の瀬戸際に追い込まれた。政府機関が閉鎖されるなどの大混乱を受けて、バラク・オバマ米大統領は10月のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議を欠席せざるを得なかった(米軍をアジア太平洋重視に転換させる「ピボット」戦略の目玉となるはずの重要な会議だった)。08年の金融危機でアメリカ式経済モデルが地に落ちたように、13年の政治の迷走はアメリカ式政治モデルへの信用を失墜させた。
アメリカ人はかつて自分の国が世界で突出した存在であることに孤独を感じていたが、今では他国と距離を置きたがっている。といっても、アメリカが弱体化したわけではない。軍事力では他国の追随を許さず、景気は回復基調にある。失業率は低下し、エネルギーの外国依存度も短期間で急速に改善した。アメリカ人はただ、「世界の警察官」の役割を他の誰かに代わってほしいのだ。
シカゴ国際問題評議会の12年の調査では、アメリカが国際問題から手を引くべきと答えた人は、1947年以来最も高い38%だった(イラク、アフガニスタンでの戦争の渦中に育った18〜29歳では半数以上だ)。
アメリカ人にとって「世界」は不愉快な存在になりつつある。大西洋や太平洋の海上交通路をなぜアメリカが警備するのか。独裁者たちが自国民を苦しめているというだけで、なぜ米軍を派遣しなければいけないのか。ピュー・リサーチセンターの最新世論調査でも、アメリカ人の52%が「アメリカは自国の問題に専念し、諸外国の問題は当事国の裁量に委ねるべきだ」と答えている。
一方、世界がアメリカに愛想を尽かし始めた面もある。最大の原因は、元CIA職員のエドワード・スノーデンが暴露した米国家安全保障局(NSA)の監視活動だ。
人々の通信を監視し、行動や居場所を追跡するNSAのスパイ活動は、多くの人々の想像をはるかに超えるレベルだった。とりわけ深刻なダメージをもたらしたのは、ドイツのアンゲラ・メルケル首相をはじめ同盟国の指導者たちの通信まで傍受していた事実だ。これによって、ただでさえ低下していたアメリカへの信頼は一段と傷つき、そもそも米政府を信頼していいのかという疑問まで浮上している。
では、既存の国際関係が揺らぎ、アメリカが指導的役割を果たさなくなったら、世界にどのような影響が生じるのか。アメリカがリーダーでなくなった世界とはどんな世界なのだろう。
日中対立が深刻な火種に
そこに待ち受けるのは、対立が絶えない恐ろしい世界、無秩序と混乱が広がる世界だ。現時点でアメリカに代わって国際秩序を守り、歯止めとなれる国は存在しない。どの大国も政治的意思や軍事力、経済的影響力の面でアメリカの抜けた穴を埋めることはできない。その結果、世界は複数の国が覇権を争いつつ、どの国もトップに立てない混乱状態に陥るだろう。アメリカなき世界では、アメリカに向けられていた世界の怒りは強い不安感に取って代わられる。
中国に日本、ロシア、ブラジル、イランそしてサウジアラビア。こうした各地域の有力国は、支配的な地位を得たい野心を隠そうとしないだろう。トルコやインドのような新興国は独自の道を歩もうとし、その邪魔をする国々を相手に危険な行動に出るかもしれない。
中東はエジプトやサウジアラビア、イスラエルにおける予期せぬ事態の暴発に見舞われる恐れがある。中国やロシアの独裁政権は遠く離れた独裁国家の後ろ盾となり、民衆運動の弾圧に手を貸すかもしれない。
南シナ海での領有権争いは収拾がつかなくなる可能性がある。アメリカのアジアにおける軍備削減につけ込んだ北朝鮮が何をするかは予測がつかない。
こうしたシナリオの一部はまったくの仮説でもない。成長の続くトルコは、近隣地域でこれまで以上に大きな役割を果たすことを熱望。イスラム色の強い同国のエルドアン政権はイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相や、軍主導のエジプト暫定政権との対立を強めている。
アメリカがシリア内戦に介入しないことに憤慨するサウジアラビアは13年10月、国連安全保障理事会の非常任理事国への就任を辞退した。思わぬ事態だが、アメリカと意見が異なるなら独自の道を進むしかないのだろう。
(4月23日掲載の「アメリカなき世界に迫る混沌の時代【後編】」に続く)
[2013.12.31号掲載]
ウィリアム・ドブソン(スレート誌政治・外交担当エディター)