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大相撲の伝統を継承しているのは誰なのか? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2014年5月27日 12時41分

<筆者からのお知らせ>
このエントリの掲載後、事実関係に訂正が必要となりましたので、訂正エントリを併せてお読み下さい。

 29回目の優勝を果たした横綱の白鵬関は、優勝決定のインタビューには応じたものの、恒例となっている「優勝から一夜明けた時点でのインタビュー」について、拒否の姿勢を示しました。

 何とも異例な対応であり、人物としても大人であるという評価が確立している白鵬関のことですから、「もしかしたら余程のことなのかもしれない」という見方が出るのは自然だと思います。

 この「会見拒否」ですが、白鵬関の性格などを考えると、もしかしたら「その理由は永久に話すつもりはない」のかもしれません。また、それが彼らしくて良いという考え方も、また「理由を明かさない」というのが角界の今後を考える中では「最適解」だということも言えるかもしれません。

 いずれにしても、この異例な「会見拒否」の理由としては、1つの可能性が否定できません。それは、数日前に行われた講演会で、舞の海秀平氏が行った発言です。

 舞の海氏は「外国人力士が強くなり過ぎ、相撲を見なくなる人が多くなった。NHK解説では言えないが、蒙古襲来だ。外国人力士を排除したらいいと言う人がいる」と語ったというのです。

 また、こうした発言が出る「ムード」が相撲界の周辺にはあるようです。例えば今場所でも最後まで白鵬関と優勝を争った稀勢の里関を応援する余りに、千秋楽の結び「白鵬対日馬富士戦」では日馬富士への異例な声援が起きたというのです。要するに日本人力士の優勝が見たいというわけです。

 さすがの白鵬関も、こうした問題にはガマンがならなかった、そこで「一夜明け会見のキャンセル」という挙に出たということは十分に考えられます。ですが、白鵬関は、現時点では、その真意を語ることはしていません。以降は、今回の会見拒否の真意として、一連の「モンゴル力士排斥ムード」への抗議があったという前提で書いています。

 仮にそうであったとして、白鵬関はどうして真意を明かさないのでしょうか? それは言葉にしてしまえば新たな反発を呼ぶかもしれず、回り回って相撲界の周辺が騒がしくなってしまうからでしょう。また、言葉で反論してしまえば、例えば舞の海氏も「周囲の支持者」の存在を考えると引込みがつかなくなるという計算もあるかもしれません。

 更に言えば、白鵬関としてはモンゴル出身力士の代表として抗議をしたという思い以前に、当時理事長であった故放駒将晃氏と共に乗り切った八百長問題の日々を含めて、長く苦しい時期に自分が角界を背負ってきたという自負の思いがあるのかもしれません。そうした思いからの抗議であれば、その真意を語らないほうが、かえって思いが伝わる、そんな判断もあったのかもしれません。

 であるとすれば、多くの相撲好きが指摘するように、白鵬関こそ大相撲の伝統を現代において体現している人物であると言えるのではないでしょうか?



 一方で、舞の海氏の発言には何とも言えない残念な思いがします。というのは、折角国際化した大相撲に「排外主義」を持ち込んだからではありません。

 大相撲の醍醐味には、ボクシングやレスリングのような「重量による階級制」がないという点があります。ですから、基本的には巨漢力士が有利であるわけですが、その中にあって小兵でありながら取り口に優れた力士も活躍できるようになっています。

 そうした小兵力士が、大柄な力士を技で倒すことがある、それが大相撲の醍醐味の一つとなっているのです。昭和の昔で言えば、鷲羽山関などがその代表であり、更に平成時代の大相撲では、他ならぬ舞の海氏はその代表格でした。

 どうして鷲羽山関や、舞の海関は人気があったのでしょうか? それは、大きな相手に対して怖がらずに向かっていくファイティング精神だけではないと思います。また、常に技を磨き抜く鍛錬の姿勢だけでもないと思います。それは、基本的に小兵は不利であるということを知り尽くしながらも、常に大きな相手に挑んでいくチャレンジャーの精神、チャレンジャーの謙虚さということだと思うのです。

 例えば、舞の海関と言えば、何と言っても因縁があるのが対小錦戦でしょう。特に1996年の7月場所の一番で、勝負には勝ったのですが、体重差で約200キロ以上重い小錦関が左膝へ倒れ込んで来て舞の海関は大怪我を負い、二場所を休場した後に十両へ陥落しています。

 もしかしたら、舞の海関本人は今でもこの一番のことを恨んでいるのかもしれませんが、相撲ファンはこの事件のことは良く覚えているはずです。勝ったのに相手が倒れてきて大怪我、それでも翌年の5月場所には十両から這い上がって幕内復帰を果たした舞の海関のことを多くの人間は称賛しているし、今でも舞の海氏がキャスターやタレントとして人気があるのは、こうした難局を乗り越えてきた精神力と、小兵力士ゆえのチャレンジャー精神を覚えているからだと思います。

 今回の「蒙古襲来」とか「外国人力士を排除」というのは、そうした小兵力士の美学に自分で泥を塗る行為であり、更に言えば大相撲という伝統芸能と興業とスポーツが入り混じった不思議なカルチャーの核の部分を壊す発言であると思うのです。チャレンジャーの謙虚さという価値観が消えてしまったら、小兵が巨漢を倒す相撲の醍醐味の精神面が完全に消えてしまうからです。

 そう考えれば、理由に関しては沈黙を守っての白鵬関の「会見拒否」と、舞の海氏の「蒙古襲来発言」のどちらが、大相撲の伝統に対する責任ある態度であるかは明らかであると思います。

 ただ、舞の海氏に関して言えば、現役引退後は相撲解説者として記録的な数のコメントをして来ているわけで、その中では今回のような「不規則発言」は全くなかったわけです。相撲とは何かということを、正に自分の言葉で喋り続けてきたわけで、その功績は大きなものがあると思います。

 その舞の海氏が、今回のような発言を行うに至ったというのは、もしかしたら講演会の場の雰囲気に流されただけなのかもしれません。そうであるならば、白鵬関の「無言の抗議」を受け止めて、このような発言は今回限りにしていただきたいと思うのです。

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