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天安門事件、25周年 - ふるまい よしこ 中国 風見鶏便り

ニューズウィーク日本版 2014年6月8日 19時37分

 香港に行ってきた。6月4日の天安門から今年で25年目。あの日を香港で過ごしたわたしとしては、25周年はどうしてもここで迎えたかった。

 25年という節目を前に、中国大陸広しといえども香港でだけ開かれる天安門事件抗議集会のために、多くの中国の友人たちも今年初めから香港入りする算段をしていた。いつもは北京で集う友人、あるいはツイッターで次第に口を交わすようになった人たちと香港で出会う......どんな面白いことになるだろうと思っていた。

 だが、当局も早くからそれに気付き、裏で手を打っていた。そこにさらに拍車をかけたのが、3月に雲南省の昆明駅、さらに4月に習近平が訪れたばかりの新疆ウイグル自治区のウルムチで立て続けに起こった爆弾及び無差別殺傷事件だ。これによって中国全土に堂々と警戒体制が敷かれ、不穏な動きを取り締まるという名目で全土の公安が非常体制に入った。そしてそこに無差別殺傷事件とは直接なんの関係もない天安門事件追悼への警戒を盛り込んだのだ。当局はこれまでずっと庶民の記憶から「天安門事件」自体を風化させることに力を注いで来た。その彼らとしてもここで堂々と「天安門事件」を口にするわけにはいかず、今年人々の耳目を引き、また恐怖感を植えつけた無差別殺傷事件を、その「正体」を明らかにしないまま利用した。

 5月に入ると、5年前の天安門事件20周年とは比べ物にならない警戒ムードが全国を襲った。個人の住まいで開かれた集まりを摘発、参加者に「騒乱挑発」という容疑をかけて拘束、逮捕。この時、国内でも著名な学者や人権弁護士が逮捕されたことが、香港での集会に参加を予定していた多くの関係者に恐怖感をもたらした。その結果、多くが直接、あるいは間接的な当局からの脅しを受け、参加を取りやめたのである。

 それでも6月4日の香港ビクトリア・パークには、中国からもツイッターでしか言葉を交わしたことのない「一般市民」たちが多く集まった。主催者の「香港市民支援愛国民主運動聯合会」(支聯会)発表によると過去最高の18万人が参加、また常に実際人数よりも少なく発表することで知られる警察の統計ですら9.95万人と、昨年の5万人の約2倍だったことからしても、今年の参加者数は特筆すべき数だったことは間違いない。またおとなりのマカオでも行われた集会でも過去最高の出席者数(3000人)を記録した。

 今年の集会には例年顔を見せるジミー・ライ氏(香港紙「アップルデイリー」オーナー)のほか、香港のカソリック教徒の尊敬を一身に集める陳日君枢機卿も初めて姿を現して話題になった。香港にはカソリック、プロテスタントを合わせて10万人を越えるキリスト教徒がおり、陳枢機卿には宗教リーダーとしては教派や宗教それ自体を超えた突出した社会的信頼性が寄せられている。対中国でもかつて香港教区司教を務めていた時、積極的な意見を発表しており、近年中国との連携を模索しているローマに対して中国国内のキリスト教の実情に厳しい分析を行ってきたとされる。だが、今回その参加に付き添った信者によると、今年82歳と高齢の枢機卿には長時間の参加はかなりきつかったようで、これが最初で最後の参加になるだろうという。

 その他、イギリス時代から香港政府に使えてきた生粋の公務員であり、民政事務総署長や教育統括司などの要職を務めた王永平氏の姿もあった。そして、これはここ数年特に参会者を感動させる光景として、天安門事件当時にはまだ生まれていなかった中高生が、制服のまま三々五々同級生たちと集まってくる姿がある。彼らの多くは生まれた時から親に連れられて集会に参加していたり、学校やクラスメートとの接触で天安門事件を知り、夜10時過ぎまで続く集会に参加する。学生ネット放送局のメンバーらしい人たちが参会者にインタビューしている様子もあちこちで見られた。彼らはこうして自分たちの手で、香港で行われる集会の意義を伝えているのだ。

 だが、その一方で不審な「参会者」もいた。会場を歩き回っていたとき、ともに黒いTシャツ、ジーンズ姿、やはりともに角刈り頭の男二人が立ち、わたしの後方を見つめ、何かを指さしてこそこそ話しているのが目に入った。その指の先を振り返ると、マイクをつきつけられて何かのインタビューに答えている男性の姿があった。と思うと、角刈りの男の一人がそのインタビュー現場で差し出されたマイクに向かっている男性の顔の正面から距離を取って立ち、おもむろに携帯電話を取り出して連続して写真を撮り始めたのだ。

 じっと眺めていると、その男は数枚分シャッターを切るとその場を離れ、またわたしのそばを通ってさっきの仲間と合流した。わたしが風景を撮るふりをして男に携帯電話のカメラを向けたところ、落ち着かなく周囲に目を配っていた男はさっと顔をそむけた。そして二人の男たちはちょっと先で合流すると、入り口から次々に会場入りする人たちに逆行するように、人ごみの中へと足早に去っていった...

 あれは何だったのだろう。わたしの直感では、彼らは物見遊山で集会の場にやってきた大陸観光客ではない。会場ではまだ他の観光客たちがのんびりとあちこちカメラを抱えている。一見さんの大陸観光客は噂を聞いて好奇心をもってやってきても、必ずしも集会には参加しない。彼らの心には日頃から国内で植え付けられた恐怖心があるからだ。だが、さっきの角刈りの男たちは揃って大会主催者が参会者に呼びかけている黒いTシャツを身につけて会場入りし、参会者の顔をわざわざ撮り、去っていた。いや、去っていったのはじっと見ていたわたしの視線に気づいたからかもしれない。もっと人だかりがしている各人権団体が設けた露店を冷やかす人たちの顔を撮りに行ったのかもしれなかった。



 インタビューに答えていた人物が誰だか知らないが、実際にここ数年、わざわざ大陸からやってきて香港での集会に参加した人たちがそれぞれ地元に帰ると、尋問されたり拘束されたなどという話はよく流れている。ああやって、そこに詰めかけたメディアに思いのたけを語る人たちの顔を記録して、何らかのデータベースにかけているらしい。そんなふうに大陸から送り込まれた「スパイ」は、あの出入り自由な会場でどれだけ暗躍していたのだろうか?

 実際に集会で舞台上に立って演説した、中国の著名な人権弁護士、滕彪氏も「今回、公安や所属する中国政法大学から、集会には参加するなという警告を何度も受けた」と語った。滕彪氏は法律NGO「公盟」の立ち上げメンバーの一人であり、また「公盟」主催者である法学者の許志永氏、そして5月に正式に逮捕された人権弁護士、浦志強氏らと長年タッグを組んで中央、地方政府の横暴に抵抗する庶民のために手弁当で走り回ってきた弁護士である。だが、2008年にその弁護士資格を北京市司法局に取り上げられ、また同年末には教鞭を取っていた中国政法大学からも授業を停められている。

 だが、ともに庶民の法律支援及び法律普及を行ってきた許志永氏が昨年、「公共秩序騒乱」容疑で懲役4年の判決を受け、また今年には浦志強氏も刑事逮捕された。現在、香港中文大学に客員教授として滞在している滕氏としては、今年の集会参加はどうしても参加しなければならない理由があったのだ。「天安門事件で亡くなった人たちは我々一人一人のために亡くなったのだ。そのことを忘れてはぼくらのいる中国を理解することはできない」「25年は過ぎ去った。だが、虐殺は1989年で終わってはいない。キャンペーンという名目で、法律という名目で、また治安維持という名目で、国家統一という名目で、殺人はずっと続いている」という滕彪氏のスピーチは感動的で、わたしの周囲にいた中国出身者は涙を流していた。

 だが、25年の間に香港も変わりつつある。

「中国の実情など関係はない。まずぼくらは香港人だ、中国人ではない」と叫ぶ立法評議会議員の黄毓民らは、ビクトリア・パークでの集会と同じ時刻に香港の繁華街の一つ、尖沙咀(チムサーチョイ)にある海浜広場で集会を開いた。参加者は3000人あまり(主催者発表で7000人)。黄氏は「ビクトリア・パークと人数の比較をしても仕方がない。我われは人数競争をやっているわけではなく、『まず我われは香港人だ』と主張しているだけ。天安門事件の死傷者には心から同情する。だからこそ集会を開いた。だが、大事なのは我々香港をそんな中国からどうやって守るかなのだ」と語っている。

 こうした、中国と香港を切り離して考え、中国に影響を与えることよりもまず香港のための施策を進めていくべきだとする「本土派」と言われる人たちは、黄氏のように人気を集める議員や言論人を中心にじわじわと香港で勢力を伸ばしつつある。実際に昨年初めて開かれた本土派集会は500人余を集めただけだったのが、今年は大きく増えた。「このちっぽけな香港が巨大な中国にどんな影響を与えられるんだ? 支聯会は25年間、天安門事件に関わった人たちへの名誉回復を求め続けているが、オレたちはもう疲れた。形式主義はもういい。もうオレたちは中国政府にはすがらない。香港をオレたちの手で守る。それだけだ」という主張を繰り返している。

 実際に支聯会が主催したビクトリア・パークでの集会参会者の中からも、そこに掲げられたスローガン「平反六四、戦闘到底」(天安門事件の名誉回復のため、徹底的に戦う)に対して、「なぜ中国政府に対して名誉回復を『お願い』するのだ? 我々自身が天安門に当時集まった人たちの尊さを認めれば良いことだ。支聯会はまだ中国政府に期待を抱いているのだろうか」という声も挙がっている。確かに、「平反」(名誉回復)という言葉自体、中国共産党が使う特殊な言葉や概念である。わざわざ党や政府の評価改善を求めることは党や政府の正当性を認めることになるのではないか? そんな疑問は香港の現状を考えれば無理がないことではない。

 香港は2017年に初めての特区行政長官普通選挙実施を控えている。しかし、その制度づくりに関する中国中央政府のあれやこれやの干渉をめぐって大きく揺れている。「一国二制度」と言いながら、法と国家の秩序や国体の統一性などを理由にじわじわとその成り行きを自分たちの意のうちに収めようとする中国政府に対して、ほとんどの香港の人たちはすでに反感以上の苛立たしさを感じており、それが中国と自分たちを切り離した本土派の人気につながっているのだ。だが、「ちっぽけな香港」が「巨大な中国」にどうやって抵抗できるのか、その課題は本土派にとっても支聯会のような民主派にとっても同じなのである。

 四半世紀を経て、中国はどうなっていくのか、そして香港はそれとどう付き合っていくのか。まだまだ緒は見えないままである。




<編集部より>ふるまいよしこ氏の「中国 風見鶏便り」は今回で終了します。3年間ご愛読ありがとうございました。


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