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そりゃ怖いですけど、ひとまず行ってきます - 森田浩之 ブラジルW杯「退屈」日記

ニューズウィーク日本版 2014年6月11日 15時48分

 ブラジルで開かれるワールドカップに行くのを自分がためらうことになるなんて、思ってもいませんでした。

 僕はもうじきブラジルへ出発します。でも行こうと本当に決めたのは、つい1カ月ほど前のことです。

 もちろん、去年の秋には観戦チケットの抽選に応募したりしていました。チケットがある程度まで確保できたことがわかったのが今年2月のことで、それからは航空券を予約したり、宿をとったりしてもいました。でも、そんないつものワールドカップの準備をしながら、僕は心のどこかで思いつづけていました。

 いったい僕は、本当にブラジルへ行くのだろうか?

 ブラジルといえば、いうまでもなく世界に冠たるサッカー王国です。数々の名選手と伝説のチームを生み、サッカーの歴史を築いてきた国のひとつです。日本のサッカー界にとっては、さまざまな教えを仰いだ「メンター」でもあります。そんな国で1950年以来のワールドカップ本大会が開かれたら、何をおいても現地へすっ飛んでいく。それがまともなサッカーファンのやることです。僕は自分もそうするだろうと信じて疑いませんでした。

 なのに僕は、ためらっていました。なぜ? それはメディアを通じて、ブラジルについてのネガティブな情報が洪水のように流れてきたからです。

 貧困を放置してワールドカップに巨費を投じていることを批判する「反ワールドカップ」のデモが各地で起きている。新設されたスタジアムにはまだスタンドがついておらず、新しい空港も開幕には間に合いそうにない。大会期間中にはバスや地下鉄だけでなく、警察官までがストを計画している。ある地域では前回の警察官ストのとき、2日間で51人が殺された......。そんな国にぜひ行きたいと手を挙げる人は、なかなかいるものではありません。

 開幕が近づくにつれて、ブラジルに対する「ネガティブ・キャンペーン」は、より細かく具体的になってきました。この1週間ほど、日本のテレビのワイドショーなどがブラジル関連で最も話題にしてきたのは、治安の悪さではないでしょうか。

 強盗に襲われることは覚悟しましょう。そのときのために、お金は3つの財布に分けて持ち歩きましょう。ひとつは実際にメインで使う財布、2つ目は強盗に囲まれたときに彼らに渡してもいい「取られるための財布」、それからいよいよ困ったときに頼りにできる数千円相当の金を靴底などに入れておく。「取られるための財布」を取り出すときは、ゆっくり出しましょう。さもないと、強盗はあなたが銃を出そうとしていると思い、引き金を引くかもしれません......。ここまで細かく言われると、これから現地に行く者としては相当におじけづきます。



 4年前の南アフリカ大会の直前の雰囲気を覚えているでしょうか。あのときもメディアでは、「南アフリカは危ない」とさんざん言われていました。でも僕は当時、これは大げさに言われすぎているなと感じることができました。南アフリカで過ごした35日間のことは、4年前にこのサイトでブログに書きましたが、自分の勘が正しかったことをある程度まで証明できたと思っています。

 でも今回は違います。正直言ってまだ怖い。まわりの人たちも「なんだか前の大会よりヤバそうですね。気をつけて楽しんできてください」などという微妙な言葉で送り出してくれます。メディアのメッセージは広く、確実に伝わっているようです。

 そんなふうに始まったブログのタイトルが、なぜ「『退屈』日記」なのかと思う方もいるでしょう。この部分は前回大会のときのものを引き継ぎました。書いていくことはまったく別だとしても、視点は変わらないからです。ワールドカップにはエキサイティングな瞬間がたくさんありますが、退屈なこともあります。ものごとの本質を見るうえで、退屈な部分はばかにできません。前回大会から始まった「開催国は治安が悪い」というメディアの大合唱も、すでに退屈な儀式になってきたようにも思えるのです。

 そんなわけで、「ブラジルは危ない」の大合唱に負けてワールドカップ行きをあきらめるのは悔しいので、ようやく腹を決めました。今回もとりあえず行ってきます。

 もちろん、「取られるための財布」は用意しました。

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