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2016年大統領選、軸はやはりヒラリーか? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2014年7月1日 10時19分

 ヒラリー・クリントンの回顧録『ハード・チョイシズ(困難な選択)』が6月10日に発売されたのは、何とも微妙なタイミングだと思います。というのは、これから仮に2016年の大統領選に出馬するのであれば、これからの政治日程の中でどう行動していくのかという点から逆算すると、やはり効果的なタイミングだと言えるからです。

 まずヒラリーは、08年の予備選での確執を越えて国務長官としてオバマ政権に参画したわけです。ですが、この国務長官職は13年1月にオバマ政権の2期目が発足するにあたって、辞しています。

 どうしてこの時点でやめたのかというと、それは16年に大統領選に出馬するとなると、このタイミングしかなかったからです。例えばですが、現在まで、つまり14年の半ばまでやって、そこで辞めるということも可能は可能でしょうが、国務長官というのはアメリカの外交の司令塔ですから、その責任ある地位を中途半端な格好で投げ出して、出馬準備を行うというのは、政敵から「突っ込まれる」可能性が大きいのです。

 また、国務長官に関しては「国内の政争に関しては超然たる存在」でなくてはならないという、アメリカの不文律があります。この点から考えても、オバマ政権の1期目で自然な形で辞める以外に、他に選択肢はなかったと言えるでしょう。

 では、13年の2月に国務長官を辞めたとして、どうして現在の14年7月の時点では、まだ「浪人」をしているでしょうか?

 これも必然性があります。というのは、今年、14年11月には中間選挙があるからです。中間選挙というのは、下院の全議席と、上院の3分の1が改選される大きな国政選挙です。ですが、あくまで大統領という存在がある以上は、与党である民主党はオバマ政権への信任を問うという形で選挙に臨むのが当然ということになります。

 ここでヒラリーが存在感を見せるというのは、その点で大統領の存在感を消してしまうので不自然になります。それ以前の問題として、今回の中間選挙では与党・民主党の「惨敗」はほぼ見えています。ですから、ヒラリーとしては(そんなことは一言も言わないにしても)民主党の惨敗で「オバマ時代の終わり」という区切りをつけ、そこから少し時間を置いたところで、16年への活動をスタートさせるつもり、そう見ることができます。

 実は、この中間選挙という「空白期間」はクリントン家にとっても重要な意味を持っています。というのは、ビルとヒラリーの一人娘であるチェルシーは、現在妊娠中で、恐らくは「10月から11月が予定日」であると言われています。ですから、ヒラリーとしても初孫の誕生という家族の大きなイベントに、この時間は専念する計画のようです。



 どうしてチェルシーの出産を待たねばならないのかというと、単に個人的な家族の問題としての初孫誕生という問題だけではありません。チェルシーという人は、今ではヒラリーの事実上の選挙参謀であり、クリントン家の政治的な司令塔という存在なのです。彼女が仕切らないと、巨大な集票マシーンは動かないし、また彼女の存在があるからSNSやメディアを駆使した21世紀型の選挙戦が戦えるという面があるのです。

 ですから、11月に中間選挙が終わり、そこで政界のムードは「ポスト・オバマ」に移行する、そして否が応でも「ヒラリー待望論」が盛り上がる、その時点で産休明けのチェルシーが率いる「マシーン」が稼働してゆく、そうした日程になるのだと思います。

 そうした「クリントン家の政治日程」から逆算すると、今は巨大な空白期間になってしまうわけです。この時期を埋めるためのものとして、この「回顧録出版」と「全国サイン会ツアー」があるというわけです。

 本の中身は、事実上の出馬宣言と言っていいでしょう。勿論、彼女は本書で明言はしていません。ですが、本の全体から「ヤル気満々」の意欲が感じられます。何よりも本の冒頭では、08年の初夏、予備選の大勢が決まる中で、ヒラリーが遂に「オバマへの敗北」を受け入れていく、その何ともいえないシーンが「物語のスタート」になっているのです。

 敗北を受け入れられない中で、ダイアン・ファインスタイン上院議員のオフィスで、オバマと「一対一」での会談に臨んだヒラリー、そして二人は何も言わずにシャルドネのグラスを傾ける、なんとも言えないシーンです。ですが、そんなシーンから「回顧録」を始めるということは、次は「自分がホワイトハウスの主になる」というストーリーがやってこなければ、「ヒラリーの物語」は完結しないという宣言に他なりません。

 この回顧録ですが、内容としてはアメリカの外交、特にヒラリーの主導した対中国外交の書として真剣に読まれるべきだと思います。ですが、その行間にはどのページにも、自分が今度こそ大統領になるのだという思いが詰まっているとも言えるのです。

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