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異常なことばかり、集団的自衛権議論の周辺 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2014年7月3日 10時58分

 安倍首相は7月1日に記者会見を行い、内閣によって「集団的自衛権の合憲化」が閣議決定されたとアナウンスしました。これと前後して、首相官邸前ではかなりの規模のデモが行われ、メディアも大きく取り上げているようです。

 今回の一連の動きですが、どうにも「異常な」ことだらけだと思います。私には、集団的自衛権に関する問題に加えて、以下に掲げる問題の「異常さ加減」の方に、より深刻なものを感じました。

 一つは、アメリカのオバマ政権は今回の「憲法解釈変更」をとりあえず歓迎しているわけですが、その意味合いというのは「制度としての変更」は支持するものの、「制度変更を後押しした政治的な動き」に関しては、支持ではなく警戒しているということです。

 つまり、歴史認識の見直しを中心に中国との摩擦を強め、同盟国であったはずの韓国との結束も弱体化させつつある安倍政権の政治的な姿勢には賛同していない一方で、「米軍の負担軽減」という理由から、解釈改憲には賛成するという、魂のこもっていない実に打算的な「支持」であるわけです。

 アメリカはこういうことはよくやります。冷戦期を通じては、世界中の右派的な独裁政権を支持しましたし、中東の紛争においては、親米姿勢を見せれば悪質な独裁者とも組むのは常道でした。その意味でアメリカにとっては「異常」でも何でもないのですが、結局はそうした打算的な関係というのはほとんどが崩壊しているということを忘れてはならないと思います。

 二つ目は、中国に対する姿勢です。今回の憲法解釈変更は、首相自らが「厳しい国際情勢」が背景にあるという説明をしていました。名指しこそしなかったものの、中国を念頭に置きつつアメリカと協調して軍事バランスを維持しよう、そうした動きの中にあるわけです。

 その場合に、アメリカの中国に対する姿勢というのは、最終的にはもっと人権が大切にされる社会、そして国際ルールに即した社会に中国が向かって欲しいというメッセージが原点にあります。つまり、アメリカがこれだけ経済的に相互依存関係にある中で、どうして中国とのパワー・バランスを志向しているのかと言えば、そこにはやはり民主主義と人権という問題が根本の部分にはあるわけです。この問題さえなければ、アメリカは中国と対立する理由はありません。



 その点で言えば、ちょうどこの安倍内閣の閣議決定と同時並行で、香港で民主化要求の大規模なデモが行われているというニュースは重要です。日本のような自由陣営の側からは、デモ隊をソフトに支援しつつ、香港の民主主義を防衛するという点で毅然とした姿勢を見せる必要があります。

 日中関係にも大きな影響を与える香港デモの問題に関して、日本ではあまり関心を呼んではいません。まして、外交や安全保障と結びつけて論じる傾向もあまりないようです。これは、たいへんに「異常」だと思います。アメリカは、安倍政権の保守性を「方便」として認めているだけ、日本はアメリカの「人権」を中国を敵視するこれまた「方便」として乗っているだけというのであれば、実に危険な「同盟」であると言えます。

 三点目は、今回の集団的自衛権を認めるという動きに関して、中国から批判が出るのはとりあえず理解できます。安倍首相の姿勢には、中国を仮想敵として意識していることは否定できないからです。ですが、同じように韓国からも批判が出るというのは、やはり異常であると思います。

 例えば両国の世論同士の問題として、歴史や領土をめぐる争いがあるのは事実です。ですが、日韓はアメリカを仲介する形で事実上の軍事同盟を形成しているわけであり、その一方の日本が、その同盟に軍事的に貢献できるような柔軟姿勢を取ったということが、韓国で大きく非難されるというのは、異常です。

 韓国をめぐる集団的自衛権問題というのは、例えば北朝鮮が突如として韓国に対して軍事的な侵攻を開始したとして、日本の起こすべき行動は単に在留邦人を救出するだけでなく、直接的・間接的に韓国軍の活動を支援することになるはずです。

 また、北朝鮮の政権が崩壊の最終段階に差し掛かった際に、例えば拉致被害者などを自衛隊が救出するということがあるかもしれませんが、その場合にも韓国からの拉致被害者は無視していいわけがなく、救出作戦そのものに関して韓国軍との協力で行うということもあり得ると思います。

 そうした場合を考えると、韓国に対してはこの解釈変更の意図に関して、同盟国である以上は事前に外交ルート等を通じて誠実に説明がされるべきであったと思います。韓国からは「自衛隊が朝鮮半島に入る場合には、韓国の同意が必要」だということがあらためて言われているようですが、そんなことは当たり前であり、当たり前のことをキチンと話し合って良好な関係を構築できないというのは、日韓の両国首脳、両国の外交当局の関係は大変に異常な状態にあると言わざるを得ません。

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