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これは本当にゴジラ映画か?

ニューズウィーク日本版 2014年8月1日 11時24分

 日本でゴジラが誕生して60年。本多猪四郎監督の初代『ゴジラ』は特撮もさることながら、核や科学技術への疑問、それを利用する人間の苦悩を表現した社会性が人々の心を捉えた。

 シリーズ28作を数え、今も世界で愛されているその怪獣映画がハリウッドで『GODZILLA ゴジラ』として生まれ変わった。5月にアメリカをはじめ世界各国で公開されるや大ヒットを飛ばし、早くも続編の製作が発表されている。

 ギャレス・エドワーズ監督は子供の頃からゴジラのファンだったというし、日本の東宝も製作に関わった。何よりも98年のハリウッド版『GODZILLA』(ローランド・エメリッヒ監督)の評判があまりにひどかったから、その反省が存分に生かされたはず......と思いたいが、今回も期待し過ぎないほうがいい。ゴジラ映画でなく、単なるパニック映画として見れば悪い出来ではないかもしれないが。

 物語は99年、芹沢猪四郎博士(渡辺謙)がフィリピンの炭鉱で巨大な化石を発見するところから始まる。そこには繭のようなものが寄生しており、何かがはい出た痕跡がある。同じ頃、日本の富士山にほど近い雀路羅(ジャンジラ)の原子力発電所で謎の振動による爆発事故が発生。技師のジョー・ブロディ(ブライアン・クランストン)は、原子炉を調査中だった妻サンドラを失う。

 時は流れて2014年。ジョーの息子フォード(アーロン・テイラー・ジョンソン)が米軍の任務から自宅へ戻ると、父が日本で逮捕されたとの知らせが入る。原発事故の真相を探り続けていた彼は、立ち入り禁止区域の雀路羅に侵入したのだ──。



破壊のカタルシスは?

 ハリウッド映画の日本描写を細かくあれこれ言うのはばからしいかもしれない。それでも「雀路羅」という地名には萎えた。それはタイ? インド? 54年の『ゴジラ』に出てくる呉爾羅(ごじら)伝説の漢字に似せたのか?たとえ架空の場所でも、原発事故を題材にした『希望の国』(園子温監督)の「長島県」くらいのセンスは欲しかった。

 ジョーたちが暮らす家の造りや周囲の風景も、日本というにはかすかな違和感を覚えるエキゾチックさ。映画が始まって早々、大きな不安が募る。

 さらに興ざめなのは、54年の水爆実験の真相は「あれ」を殺すためだった、という設定。アメリカの水爆実験がゴジラを呼び覚ましたというオリジナル版のメッセージは抹殺された。原発が爆発し、核弾頭が奪われ、街は津波にのまれるなど、核や人間のおごりへの批判もにおわせはする。だがそれもパニックを起こすための要素にすぎない。

 この作品は「怪獣映画の枠を超えた、人間が主人公の家族のドラマ」だと宣伝されている。確かにジョーとフォード父子の確執、愛する妻と息子を守るためのフォードの戦いなど、家族ドラマ抜きには語れない。だが、それこそが一番の問題だろう。

 ゴジラ映画の見どころは何といっても、ゴジラが雄たけびを上げ、放射熱線を吐き、街を破壊し、敵の怪獣と戦うところ。自然か神か、人知を超えた脅威の存在がもたらすカタルシスだ。なのにこの作品では特別感動もない人間ドラマに時間が割かれ、ゴジラが全貌を現すまでとにかく待たされる。「早くゴジラを見せてほしい」と途中で何度も思った。

 その間に画面を動き回り、人間たちを翻弄するのがゴジラの敵となる怪獣ムートー(Massive Unidentified Terrestrial Organism〔未確認巨大陸生生物〕)だ。昆虫にキリスト教の悪魔を掛け合わせたような姿で、東宝のライバルの大映が生んだ怪獣ギャオスにも似ている。



着ぐるみ姿が懐かしい

 やっとムートーを倒すためにゴジラが登場しても、「ムートー映画?」と思うほどゴジラの存在感がない。108メートルと初代ゴジラの2倍もあるせいか、画面から体がはみ出てばかり。さらに暗い画面と、崩落する高層ビルや粉塵が邪魔をし、怪獣たちの姿がよく見えない。テンポの悪い脚本と相まって、フラストレーションがたまる。

 俳優陣も生かされなかった。芹沢役の渡辺は眉間にしわを寄せ、遠い目をしてうなるばかり。英語が得意でなく、寡黙な人物という設定だとしてもあまりに仕事をしていない。「世界のワタナベ」を登場させて日本の観客に敬意を払いたかったのかもしれないが、あれではアウェー感ばかりが強調され逆効果だ。

 芹沢の助手であるグラハム博士(サリー・ホーキンス)もおろおろと彼にまとわりつくだけ。芹沢の言葉が足りない部分を補い、状況説明する役割しか果たしていない。ジョンソンはむきむきに肉体改造して役に臨んだが、かえって繊細さ漂う彼の持ち味が失われてしまった。

 では見どころはないのかといえば、50年代の記録映像が流れるオープニングにはわくわくするし、ゴジラがムートーの口をこじ開けて青い炎を吐くところやラストシーンはかっこいい。

 ゴジラの造形はイグアナもどきだったエメリッヒ版と違い、オリジナルにかなり忠実なのは間違いない。咆哮も迫力がある。それでも、CGゆえの平板さがなんとも残念。着ぐるみでスーツアクターが演じる日本のゴジラの恐ろしいが、どこか愛着を持てる姿が懐かしい。

[2014.7.29号掲載]
大橋希(本誌記者)

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