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中国が刺激したロシア海軍の復活

ニューズウィーク日本版 2014年8月5日 12時1分

 真実は、当然のことながら伏せられていた。あれは2年前のこと、当時の国家主席・胡錦濤(フー・チンタオ)の臨席の下、北東部の大連港で、中国人民解放軍として初の航空母艦「遼寧」の就役式が挙行された。

 この空母、実は台所の苦しいウクライナ政府が98年にたたき売った未完成の老朽船だ。買い手は中国企業で、「水上カジノ」に作り替えるという話だった。しかし実際に向かったのはギャンブルの聖地マカオではなく、大連の軍港。そこでひそかに改修が行われ、アジアの海洋大国を目指す中国の軍事的野望の象徴に生まれ変わったのだった。

 ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、もちろんその真実を知っていた。そして歯ぎしりしていた。もともとソ連のものだった軍艦がウクライナの手に渡り、さらに中国へ売り飛ばされたのだ。

 かつてアメリカと世界一の座を争った旧ソ連=ロシア海軍にとっては実に屈辱的な事態。なんとしても雪辱を果たすぞとプーチンは誓い、着々と手を打ってきた。直近ではウクライナから黒海沿岸のクリミア半島を取り上げ、そこにあったウクライナ海軍の施設・装備を奪い取っている。

 今や中国とロシアは、アメリカの戦略上の2大ライバル。アメリカによる海軍力の独占に、公然と挑もうとしている。

 中国は今でも年に3隻のペースで潜水艦を建造しており、原子力潜水艦28隻を含めて、合計51隻の潜水艦を配備している。ほかに、00年以降だけで80隻の艦艇を新規配備しており、20年までには3つの空母打撃群を構築する計画だ。

 今の中国指導部は、しばしば「青い国土」に言及している。それは国連海洋法条約の定める200カイリの「排他的経済水域」をはるかに超えた海洋までも自国のものとする主張だ。そして自国の支配する海域からアメリカの影響力を排除するという戦略の下、潜水艦や対艦ミサイルを搭載した高速戦闘艇などを繰り出して敵の接近を防ぐ作戦を立てている。

 中国の海軍力増強には、いくつかの地政学的目標が反映されている。1つは作家でジャーナリストのロバート・キャプランが指摘しているとおり、西太平洋とインド洋に展開する米海軍第7艦隊を牽制するための海域を確保すること。もう1つはエネルギーだ。南シナ海の底には石油と天然ガスが大量に眠っていると考えられている。

 南シナ海と東シナ海での経済的権益を拡大するためなら、中国は海軍力以外の手段も使う。フィリピンのスビック湾沖にあるスカボロー礁(中国名・黄岩島)は領有権の争われている小さな島だが、2年前には中国の漁船団がその周辺にまで進出した。監視していたフィリピン沿岸警備隊は違法操業を理由に漁船を拿捕し、乗組員の身柄を拘束したが、激怒した中国側が現場に監視船を派遣。双方のにらみ合いが10週間も続いた。

 結果は? フィリピン側が根負けし、今は中国がスカボロー礁を占拠している。



「腕試し」と歴史の重み

 このほか中国は、日本と領有権争いを繰り広げている尖閣諸島(中国名・釣魚島)の近くにも漁船を送り込んできた。こうしたケースについて、新米国安全保障センター(ワシントン)のアジア太平洋安全保障プログラムのイーライ・ラトナー部長は、中国海軍がますます能力と洗練度を増しつつあるなか、中国政府が「腕試し」をしているのだと指摘する。

 こんな中国の台頭が、実はロシア海軍の復活を助けている。中国の旺盛な資源需要のおかげで、石油・天然ガスから木材、鉄鉱石に至るまで、ロシアの輸出品である天然資源の国際価格は軒並み高騰した。これがロシアの国営企業に、そして政府に大きな利益をもたらした。この軍資金を元手に、プーチン政権は冷戦終結後20年にわたる凋落期を脱け出して軍備増強へ舵を切ったのである。

 プーチンは今、20年までに軍事予算に約7000億ドルを投じると豪語している。その大部分は海軍力強化に向けられる見込みで、ロシア政府の「買い物リスト」にはアドミラル・グリゴロビチ級フリゲート艦6隻と空母6隻、ヤーセン級攻撃型原子力潜水艦8隻、そしてアメリカへの核攻撃が可能な弾道ミサイル搭載の新世代原潜も含まれている。

 今も昔も、海軍は「強いロシア」のシンボルだ。北極海に面するムルマンスク州の軍港の沖合で、00年に魚雷の暴発で原子力潜水艦が沈没し、乗員118人が犠牲になったとき、自分の人気が急降下したことを、プーチンは忘れていない。

 歴史を振り返れば、ロシアの偉大な支配者たちは必ず海を制してきた。

「ピョートル大帝はバルチック艦隊を欧州列強に見せつけ、ロシアはヨーロッパの大国だと宣言した」と言うのは、歴史家のアンドレイ・グリネフだ。「エカテリーナ2世は1770年にチェシメ海戦でオスマン・トルコ海軍を打ち破る一方、アラスカを植民地にしてロシアが世界の大国であることを示した」

 こうした歴史はプーチンも意識しているのだろう。だからシリアのタルトスにあるロシア海軍の基地を復活させている(旧ソ連圏以外でロシア軍の施設があるのはここだけだ)。

 タルトス基地は71年に建設された保守・修理施設だが、実際は全長800メートルに満たない小さな土地で、90メートルほどの浮桟橋が2つあるだけ。これではロシア軍が所有する最も小さいフリゲート艦も停泊できない。

 またシリア内戦の激化に伴って、昨年には1隻のささやかな「浮かぶ補修船」だけを残し、その管理を現地の請負業者に託して、ロシア人スタッフをすべてタルトスから退避させたと発表している。それ以前にこの基地を訪れたことのある欧米系の外交官に言わせれば、「そもそもタルトスは、そこにロシアの基地があると言い張るための存在でしかない」。

 しかしロシア側にはタルトス復活の壮大な計画があるようで、セルゲイ・ショイグ国防相は先に、ベトナムやキューバ、ベネズエラ、ニカラグア、セーシェル、シンガポールにもロシア海軍の基地を置きたい意向を表明している。

 アナトリー・アントノフ国防次官も3月に「もちろん、複数の国にロシア海軍の補給・保守拠点を置くことには関心を寄せている」と語っている。「この問題については現在、話し合いが行われている」



狙いは北極海に眠る資源

 ロシア黒海艦隊の元司令官エデュアルド・バルティンに言わせれば、「ロシアは20世紀末に残念ながら失ってしまった国力と国際関係を取り戻しつつある。誰だって弱い国ではいたくない」のだ。

 プーチンは、ロシアの経済的権益を拡大するためにも海軍力を使うつもりだ。
念頭にあるのは北極海。技術の進歩と気候の変化で、北極海の海底に眠る豊富な鉱物資源へのアクセスが可能になりつつある。ロシア政府は、北極圏の海底の多くは地理的にロシア北部の領土の延長であり、国際法の下でロシアに領有権があると主張している。

 一方、ロシア北方艦隊のアンドレイ・コラブリョフ司令官は20年前に放棄したノボシビルスク諸島の基地を再開させるという計画を発表している。ここに軍艦10隻と原子力砕氷船4隻を配備し、強化する考えだ。また、北極海に浮かぶほぼすべての島に軍の施設を置き、「空から水面下までを監視する統合システム」を構築したいという。

 北極海の底には膨大な量の石油・天然ガスが眠っているとされ、ロシアはその資源開発権を確保すべく、北方艦隊の艦艇を北極海に浮かぶフランツヨセフ諸島やセベルナヤ・ゼムリャ諸島、ノボシビルスク諸島、ウランゲリ島に送って巡視させる計画もある。この石油資源をめぐってはアメリカやカナダ、デンマーク、ノルウェー、さらに中国も権利を主張している。

 中国とロシアの海軍。この2つのうち、今のところアメリカが特に警戒しているのは中国海軍だ。中国政府の遠大な主張は「アメリカの軍事力と地域の安全保障に重大な影響を及ぼす拡張戦略」に当たる、とラトナーは言う。昨年12月には空母「遼寧」の打撃群に属する軍艦1隻が本隊から離脱し、米海軍のミサイル巡洋艦カウペンスに向かって真っすぐ進むという一触即発の事態も起きている。

 言うまでもなく、アメリカの海軍力は今も世界一だ。しかしライバルとの差は縮まっている。しかも急速に。

[2014.7.29号掲載]
ビル・パウエル、オーエン・マシューズ

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