真夏のある夜、ローマ郊外に立つ15世紀の屋敷で知識人や建築家、経営者、科学者などを招いて夕食会が開かれた。芸術や建築、科学や文学といった高尚なテーマが語られ、その夜の主賓は遅くまで会話を楽しんだ。あまり社交的でないことで知られる彼にしては珍しい。
主賓とは、イタリアを訪問していたバラク・オバマ米大統領。駐伊アメリカ大使主催の夕食会で、彼は知的世界に魅了されたと、アメリカの新聞は伝えた。
だがこの出来事は、オバマ政権に対する負の評価にもつながった。大統領は自国と世界が抱える地政学的リスクに真正面から取り組むより、知的な会話に浸るほうが好きなのではないか?国務省の元職員はこの夕食会について、「中東やウクライナのことを夜遅くまで話してほしかった」と嘆いていた。
オバマは外交問題に関心がない、あるいは無能で優柔不断だという評価はワシントンの内外に根付いている。スンニ派テロ組織ISIS(自称イスラム国、別名ISIL)の台頭から、中国がけし掛ける南シナ海での領有権争い、ウクライナをめぐるロシアと欧米の対立といった複雑な外交問題に、オバマは一貫した姿勢を示していない。
先頃オバマは、シリアでISISに対抗する「戦略はまだない」と発言して批判された。ISISの台頭は、昨日や今日始まったものではない。NBCニューズのリチャード・エンゲル記者は、米軍指導部はこの言葉に激怒したと伝えた。
ISISがアメリカ人ジャーナリストを殺害し、2人目の殺害予告をして(そのとおり実行した)、地域の同盟国の脅威となっているときに大統領が「戦略はない」と公言するのは広報のミスか、外交政策の失敗か、あるいはその両方だろう。
自由世界の将来を左右
オバマは休暇中、ジャーナリストのジェームス・フォーリー殺害に対する非難声明を出してからすぐにゴルフコースに向かい、批判された。ゴルフ場で大笑いする写真のオバマは、実行犯がイギリス人である可能性が浮上して休暇を切り上げたデービッド・キャメロン英首相とはまったく対照的だった。あの写真はアメリカ人に向かって、自分にはテロリストに惨殺された若いアメリカ人よりゴルフのほうが大事だと言っていた。
しかし親オバマ派は、彼の外交政策を擁護するために奇抜な論理を考えついた。政治評論家のピーター・バイナートはオバマの政策を「果敢なミニマリズム」と呼ぶ。オバマが本当に反撃するのは、米本土に直接の脅威がもたらされた場合だけだという。「シリアで多大な犠牲が出ても、タリバンがアフガニスタンを動揺させても、イランが核兵器を持っても構わない。オバマはアメリカ国民に危害を加えるであろう相手にだけ剣を抜く」
アメリカの国益以外には冷淡なことで知られるリアリスト陣営の論客スティーブン・ウォルトは、オバマは武力行使を「毅然と」自制していると絶賛する。この考え方が危険なのは、アメリカが世界から手を引けば、悪の勢力がその空白を埋め、アメリカの同盟国が脅威にさらされる点だ。結局アメリカは問題解決に乗り出す羽目になり、代償はさらに大きくなる。
第二次大戦後の安全保障は、アメリカの積極関与を前提に構築されている。アメリカが世界の平和を保てば、アメリカの繁栄につながるという考え方だ。
政治評論家のロバート・ケーガンは、オバマは国民が望んだミニマリズムの外交政策を取ったが、結局誰も喜ばなかったと指摘した。ニューヨーク・タイムズ紙のコラムニスト、ロジャー・コーエンはこう書いた。「国民が求める大統領は、彼らの思いをただ受け取るのではなく、国を引っ張る人物だ」
激動の時代である。いま必要なのは、第二次大戦後に現れたような実行力と先見性のある指導者だ。安全保障の構造や同盟関係を再構築することも重要だ。世界もアメリカも、自ら時代を形作る大統領を求めている。
その仕事はつらく長く、痛みを伴う。ローマの屋敷で建築の話をするように高尚なものではないだろうが、自由世界の将来はそこに懸かっている。
[2014.9.16号掲載]
アフシン・モラビ(本誌コラムニスト)
主賓とは、イタリアを訪問していたバラク・オバマ米大統領。駐伊アメリカ大使主催の夕食会で、彼は知的世界に魅了されたと、アメリカの新聞は伝えた。
だがこの出来事は、オバマ政権に対する負の評価にもつながった。大統領は自国と世界が抱える地政学的リスクに真正面から取り組むより、知的な会話に浸るほうが好きなのではないか?国務省の元職員はこの夕食会について、「中東やウクライナのことを夜遅くまで話してほしかった」と嘆いていた。
オバマは外交問題に関心がない、あるいは無能で優柔不断だという評価はワシントンの内外に根付いている。スンニ派テロ組織ISIS(自称イスラム国、別名ISIL)の台頭から、中国がけし掛ける南シナ海での領有権争い、ウクライナをめぐるロシアと欧米の対立といった複雑な外交問題に、オバマは一貫した姿勢を示していない。
先頃オバマは、シリアでISISに対抗する「戦略はまだない」と発言して批判された。ISISの台頭は、昨日や今日始まったものではない。NBCニューズのリチャード・エンゲル記者は、米軍指導部はこの言葉に激怒したと伝えた。
ISISがアメリカ人ジャーナリストを殺害し、2人目の殺害予告をして(そのとおり実行した)、地域の同盟国の脅威となっているときに大統領が「戦略はない」と公言するのは広報のミスか、外交政策の失敗か、あるいはその両方だろう。
自由世界の将来を左右
オバマは休暇中、ジャーナリストのジェームス・フォーリー殺害に対する非難声明を出してからすぐにゴルフコースに向かい、批判された。ゴルフ場で大笑いする写真のオバマは、実行犯がイギリス人である可能性が浮上して休暇を切り上げたデービッド・キャメロン英首相とはまったく対照的だった。あの写真はアメリカ人に向かって、自分にはテロリストに惨殺された若いアメリカ人よりゴルフのほうが大事だと言っていた。
しかし親オバマ派は、彼の外交政策を擁護するために奇抜な論理を考えついた。政治評論家のピーター・バイナートはオバマの政策を「果敢なミニマリズム」と呼ぶ。オバマが本当に反撃するのは、米本土に直接の脅威がもたらされた場合だけだという。「シリアで多大な犠牲が出ても、タリバンがアフガニスタンを動揺させても、イランが核兵器を持っても構わない。オバマはアメリカ国民に危害を加えるであろう相手にだけ剣を抜く」
アメリカの国益以外には冷淡なことで知られるリアリスト陣営の論客スティーブン・ウォルトは、オバマは武力行使を「毅然と」自制していると絶賛する。この考え方が危険なのは、アメリカが世界から手を引けば、悪の勢力がその空白を埋め、アメリカの同盟国が脅威にさらされる点だ。結局アメリカは問題解決に乗り出す羽目になり、代償はさらに大きくなる。
第二次大戦後の安全保障は、アメリカの積極関与を前提に構築されている。アメリカが世界の平和を保てば、アメリカの繁栄につながるという考え方だ。
政治評論家のロバート・ケーガンは、オバマは国民が望んだミニマリズムの外交政策を取ったが、結局誰も喜ばなかったと指摘した。ニューヨーク・タイムズ紙のコラムニスト、ロジャー・コーエンはこう書いた。「国民が求める大統領は、彼らの思いをただ受け取るのではなく、国を引っ張る人物だ」
激動の時代である。いま必要なのは、第二次大戦後に現れたような実行力と先見性のある指導者だ。安全保障の構造や同盟関係を再構築することも重要だ。世界もアメリカも、自ら時代を形作る大統領を求めている。
その仕事はつらく長く、痛みを伴う。ローマの屋敷で建築の話をするように高尚なものではないだろうが、自由世界の将来はそこに懸かっている。
[2014.9.16号掲載]
アフシン・モラビ(本誌コラムニスト)