スコットランドがイギリスから独立するかどうかを決定する国民投票が、18日に迫っています。この問題に関しては、アメリカでは「どう考えても金融面では分離独立は不利になるはず」であるとか「スペインのカタルーニャ独立運動に飛び火したら大変」といった見方が金融界ではされていますが、意外と「冷静に見つめる」スタンスになっています。
少々残念なのは、今回の「独立運動」の背景にあるカルチャーが「非核国家になりたい」とか「もっと環境や、多様性を重視したコミュニティになりたい」という、ある種の「北欧路線」への志向だということが、アメリカにはあまり伝わっていないということです。
ちなみに、スコットランドを代表する有名人というべき、バイオリニストのニコラ・ベネデッティという人は、今回の動きに合わせるように『スコットランド幻想曲、帰郷』という全編がスコットランド民謡のメロディーでみたされたエモーショナルなアルバムを発表しています。
その深く歌い込まれたメロディーを聞いていますと、スコットランドの人々の思いというのが、実に平和的で柔和な感覚であることを実感します。そこにあるのは、ナショナリズムによる怨念や復讐心などとは全く無縁の、自分たち「らしさ」への自然な思いなのだと思います。
そのベネデッティ自身は、独立問題に関しては「態度を決めかね」ている、取材に対してはそう答えていました。「独立への思いは痛いほど分かりますが、独立によって何が起こるか誰にも分からない中、多くの人が苦しむ可能性もゼロではない」というのが理由ですが、彼女のそうした真摯なコメントが、今回の独立運動に対するスコットランドの人々の真剣さを図らずも伝えているように思われました。
ところで「独立」といえば、沖縄県知事選に出馬を表明した大城浩詩という人が、「1年以内に琉球国を独立させる」ことを基本政策に掲げたのに対して、保守派の著名な論客がツイッター上で、「内乱罪か内乱陰謀罪が適用できる」と指摘。また、「国からの独立自体が暴動となり、それが現実味を持てば自衛隊が投入されるだろう」とも発言したそうです。
この問題に関して言えば、日本の国内法からすれば理屈としてはそうなるでしょう。ですが、仮に独立派が過半数であり、平和的な独立運動を志向しているにも関わらず、独立を認めないとして政府が治安部隊を派遣した場合は、国際法上は、その地域の国家主権は限定され、国際連合が監視活動を開始するのが通例です。
その国連監視の下で住民投票などが行われ、その結果として独立が承認されて、その新国家を承認する国が出てくれば、国際法上は独立が確定し、元の国の国家主権はその地域には及ばなくなります。東ティモールのケースがいい例です。
「内乱罪」とか「自衛隊の投入」というのは、あくまで、その地域の多数の民意を獲得しないままに、暴力を行使して地域の住民の平穏な生活を乱すような場合に限ると思います。
それはともかく、沖縄に関しては1969年から本格化したアメリカと日本による沖縄返還交渉の経緯が現在のあらゆる問題の原点であると思います。この「沖縄返還交渉」では、沖縄に米軍基地を残すとして「核抜き、本土並み」という条件が保証できるか日米には大きな隔たりがあり、また基地を残す形での返還には、沖縄だけでなく本土の若者の中にも強硬な反対論がありました。
ですが、当時の琉球政府の屋良朝苗主席は、それでも本土復帰を再優先の悲願として一貫した姿勢を見せました。その背後には、沖縄の人々の「自分たちは日本人であるから、一日も早く祖国に復帰したい」という揺るがぬ民意があったのだと思います。この「独立問題」に関しては、つねにその原点に戻っての議論が必要であると思います。
いずれにしても、今回のスコットランドの住民投票は、怒号が飛び交うわけでも、軍隊が出動するわけでもない、もちろん国連の監視団などは必要としない、静かな、そして深い「スコットランドというコミュニティのアイデンティティーの確認作業」として整然と行われるようです。そのこと自体は敬意を払って見つめていきたいと思います。
少々残念なのは、今回の「独立運動」の背景にあるカルチャーが「非核国家になりたい」とか「もっと環境や、多様性を重視したコミュニティになりたい」という、ある種の「北欧路線」への志向だということが、アメリカにはあまり伝わっていないということです。
ちなみに、スコットランドを代表する有名人というべき、バイオリニストのニコラ・ベネデッティという人は、今回の動きに合わせるように『スコットランド幻想曲、帰郷』という全編がスコットランド民謡のメロディーでみたされたエモーショナルなアルバムを発表しています。
その深く歌い込まれたメロディーを聞いていますと、スコットランドの人々の思いというのが、実に平和的で柔和な感覚であることを実感します。そこにあるのは、ナショナリズムによる怨念や復讐心などとは全く無縁の、自分たち「らしさ」への自然な思いなのだと思います。
そのベネデッティ自身は、独立問題に関しては「態度を決めかね」ている、取材に対してはそう答えていました。「独立への思いは痛いほど分かりますが、独立によって何が起こるか誰にも分からない中、多くの人が苦しむ可能性もゼロではない」というのが理由ですが、彼女のそうした真摯なコメントが、今回の独立運動に対するスコットランドの人々の真剣さを図らずも伝えているように思われました。
ところで「独立」といえば、沖縄県知事選に出馬を表明した大城浩詩という人が、「1年以内に琉球国を独立させる」ことを基本政策に掲げたのに対して、保守派の著名な論客がツイッター上で、「内乱罪か内乱陰謀罪が適用できる」と指摘。また、「国からの独立自体が暴動となり、それが現実味を持てば自衛隊が投入されるだろう」とも発言したそうです。
この問題に関して言えば、日本の国内法からすれば理屈としてはそうなるでしょう。ですが、仮に独立派が過半数であり、平和的な独立運動を志向しているにも関わらず、独立を認めないとして政府が治安部隊を派遣した場合は、国際法上は、その地域の国家主権は限定され、国際連合が監視活動を開始するのが通例です。
その国連監視の下で住民投票などが行われ、その結果として独立が承認されて、その新国家を承認する国が出てくれば、国際法上は独立が確定し、元の国の国家主権はその地域には及ばなくなります。東ティモールのケースがいい例です。
「内乱罪」とか「自衛隊の投入」というのは、あくまで、その地域の多数の民意を獲得しないままに、暴力を行使して地域の住民の平穏な生活を乱すような場合に限ると思います。
それはともかく、沖縄に関しては1969年から本格化したアメリカと日本による沖縄返還交渉の経緯が現在のあらゆる問題の原点であると思います。この「沖縄返還交渉」では、沖縄に米軍基地を残すとして「核抜き、本土並み」という条件が保証できるか日米には大きな隔たりがあり、また基地を残す形での返還には、沖縄だけでなく本土の若者の中にも強硬な反対論がありました。
ですが、当時の琉球政府の屋良朝苗主席は、それでも本土復帰を再優先の悲願として一貫した姿勢を見せました。その背後には、沖縄の人々の「自分たちは日本人であるから、一日も早く祖国に復帰したい」という揺るがぬ民意があったのだと思います。この「独立問題」に関しては、つねにその原点に戻っての議論が必要であると思います。
いずれにしても、今回のスコットランドの住民投票は、怒号が飛び交うわけでも、軍隊が出動するわけでもない、もちろん国連の監視団などは必要としない、静かな、そして深い「スコットランドというコミュニティのアイデンティティーの確認作業」として整然と行われるようです。そのこと自体は敬意を払って見つめていきたいと思います。