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香港デモが天安門の再現には「ならない」4つの理由 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2014年10月1日 15時35分

 本来なら中国ウォッチャーの意見を聞きたいところですが、アメリカからの見方をご紹介するのも無意味ではないと思い、問題提起したいと思います。

 香港では行政長官の選挙制度をめぐって大きな対立が起きています。97年の返還以来、ずっと「選挙委員」による間接選挙だったのですが、住民が強く求めてきた直接選挙が2017年に実施されることになりました。ところが立候補に関する制約は緩和されない中、このままでは依然として親中派候補しか出馬できない「直接選挙」になるのです。

 こうした中国側の決定に反発した住民は、抗議行動を拡大してきました。先月29日には、デモ隊が金融街などを占拠すると、警官が催涙弾を発射するなど激しい対立が起きています。30日にはその結果として、住民の参加が更に拡大しており、警察は穏健な警備活動に変更を余儀なくされています。

 ではこのまま対立がエスカレートして、89年の「六四天安門事件」の再現となる可能性があるのでしょうか? 私はその可能性は低いと見ています。

 理由の第一は、この問題は香港と中国政府の間の問題だけではないという点です。香港は、返還時の条件として向こう50年間は民主的な体制を維持するという「一国二制度」が約束されています。仮に、北京政府の意向を受けた香港特別行政区政府が強制的なデモ隊の排除を行い、流血の事態になるようですと、この「一国二制度」が崩壊してしまいます。

 そうなると困るのは中国政府の方です。というのは、習近平国家主席は、台湾の馬英九総統に対して「台湾も一国二制度方式で統一してはどうか?」という提案をしているからです。馬総統は拒否していますが、仮にも習近平が言い出していることでもあり、それが香港で失敗するということは、北京としてはあってはならないことだと言えます。また台湾の側からすれば、香港のように不十分な民主主義ですら圧殺されるのなら、自分たちが統一されるのは絶対にお断りということになるでしょう。

 理由の第二は、経済危機の引き金になるのは困るという点です。現在の中国経済は、世界経済に深く組み込まれていて、ある意味ではリーマン・ショック以降の6年間の世界を牽引してきたわけです。ですが、その実態は北京五輪をピークとしてバブルが崩壊しつつある中で、巨大な財政出動で乗り切ってきた面があり、現在も地方の元国営企業や地方政府などには不良化した資産が相当に出てきています。



 ここで仮に香港の問題が収拾のつかない事態になれば、香港から上海、そして世界へと株安が連鎖して行く可能性もゼロではありません。特にアメリカはこの点について、かなり神経質になっています。では、香港のデモ隊は世界経済の足を引っ張る覚悟でやっているのかというと、そうではなく、反対に「だからこそ北京は無茶はしないだろう」という計算をしているように見えます。

 理由の第3は、情報の隠蔽は不可能な時代だということです。今回の事態を受けて、中国政府は「デモの画像の拡散」を恐れて、インスタグラムという画像系のSNSを遮断し、また国内版ツイッターである「微博」のサービスも制限しているようです。

 ですが、これだけスマホとネット回線が世界中を一体化している時代には、事実をいつまでも隠すことはできないし、また強硬な姿勢に出てしまっては、その事実も世界を駆け巡るわけです。その点が89年とは大違いだと思います。

 理由の第4は、当事者はみんな「バカではない」ということです。89年の「六四天安門事件」の際には、広場を占拠していた学生たちにも、そして最終的には制圧を決断する鄧小平をはじめとする中南海も、事態のすべてを計算して緻密に行動するポリティクスとしては、大変に未熟な印象がありました。

 ですが、現在の事態に関しては、何よりも市場経済が機能していること、情報が瞬時に駆けめぐるインフラがあることを前提として、デモ隊も、北京も、そして静かに見守る西側各国も大変に冷静です。また各プレーヤーが状況の全体像をよく見ながら動いているようにも思います。

 例えば、デモ隊のシンボルとなっているジョシュア・ウォン(黄之鋒)氏という学生は1996年10月生まれの17歳です。彼は、高校生の時から「政府の洗脳教育を拒否」する運動をスタートさせ、今回の運動では精神的な支柱になっているのです。

 その若さにも驚かされますが、ブログで政治的な正当性を主張するやり方、そして政府の庁舎に突入しようとして逮捕されながら、その際に「辛子スプレーを直射されている」映像を撮らせて世論を引きつけつつ「人身保護令請求」という抗告を行って数時間後には釈放を勝ち取り、再びデモ隊の先頭に立つという行動力には、強烈なカリスマ性を感じます。

 香港政府はジョシュア・ウォン氏のことを「アメリカのスパイ」だという中傷を行っており、その容疑で自宅のパソコンを押収したりしていますが、本人はキッパリと否定する中で、民衆の支持は揺らいでいないようです。彼の表情や政見を見ていますと、89年の際の学生リーダー、ウアルカイシ氏や柴玲氏よりも、スケールの大きな冷静さとクレバーな戦略性を感じるのです。



 事実上このデモ隊と対決している中国政府にしても、習近平や李克強首相といった人々は、もしかしたら現時点では判断を迷っているかもしれませんが、取りうる選択肢は限られていますし、そのことを分かっているのではないかと思うのです。

 私は中国、香港問題には素人ですが、一つの落とし所としては「政治的な妥協」が成立する可能性を指摘しておきたいと思います。現在の香港政府は、民衆と中国政府の板挟みになって機能不全に陥っている感がありますが、この膠着状態を打開するためには、デモ隊と北京の双方が「大人の妥協」をしなくてはなりません。

 例えばジョシュア・ウォン氏の映像を見ていて思うのですが、この17歳はもしかしたら「譲歩することの政治的勝利」ということも分かっているかもしれない、ふとそんな気がするのです。

 香港の命運は台湾の命運にも重なり、同時に中国本土全体がより開かれた社会へとソフトランディングができるかどうかの試金石でもあります。大変に重要な局面であると同時に、双方ともに軽挙は許されない状況だとも言えます。89年の天安門事件のような破滅的な結末に至る可能性は、私は非常に少ないと見ています。

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