昨年、赤ワインの消費量で初めて世界一になったのが中国だ。フランスやイタリアで需要が減っているのを尻目に、中国の赤ワイン消費量は10年ほどで急速に伸びている。「幸運の色」として赤が好まれる文化的背景があるというが、なんといっても大きいのは富裕層の拡大だろう。高級ワインは贈答品のほか、投機の対象にもなっている。
その影響をもろに受けているのが、世界的なワイン生産地であるフランスのボルドー。その地の生産者や評論家、高級ワインを買いあさる中国人富裕層などの証言を織り交ぜ、ワインビジネスの裏側を描いたドキュメンタリー映画『世界一美しいボルドーの秘密』が日本公開中だ。自身もオーストラリアでワイナリーを経営するワーウィック・ロス監督に話を聞いた。
──ワインを題材に映画を撮ろうと思ったのは?
シドニーからロンドンに行く飛行機で、アンドリュー・カイヤードと乗り合わせた。彼はオーストラリアのワイン評論家で、「マスター・オブ・ワイン」の資格称号をもつ人物。彼と話をする中で「あなたはワインメーカーであり映画監督であるなら、なぜこれまでワインについての映画を作らなかったのか?」と言われたのがきっかけだ。
自分にとっては初のドキュメンタリー映画だったが、とても楽しめた。絶対にまたドキュメンタリーを撮りたい。人々にインタビューして、真実を掘り下げていく作業は素晴らしかった。脚本のない「本当のドラマ」は何て感動的だろうと思ったね。
──中国市場とボルドーワインの話が軸になっているが、撮り進めるうちに構成の予定が変わったりした?
そうだね、当初の想定とはまったく違った内容になった。もともとは、ワインに対する中国人の関心がボルドーの値段をつり上げているという話になる予定だった。しかし撮影中に、ボルドー史上かつてないほどの価格暴落が起きた。大きな理由は偽造品の横行だ。そこで映画は、暴騰と暴落の物語に変わってしまった。
──あなたはワインには随分詳しいと思うが、それでも新鮮な発見はあっただろうか。
ワイン生産者として技術面で驚かされるようなもの、新たに知りえたものは特になかった。でもボルドーというプリズムを通して、経済力の西洋から東洋への移り変わりを学ぶことができた。今の中国人がどれだけの力を持っているか、つくづく実感した。
面白いのは、撮影しているうちにこれがラブストーリーのように見えてきたこと。伝統があり優雅で洗練されているボルドーと、エキゾチックで気まぐれな中国の恋物語だ。彼らはダンスフロアに現れ、一緒に踊り始める。互いの文化を知らず、相手が話す言葉も分からないが、でもなぜか引かれ合っている――私にはそんな光景が浮かんだ。
© 2012 Lion Rock Films Pty Limited
──ボルドーの生産者にとって中国人は大事な顧客だ。その一方で「成り上がりの中国人」とか「洗練された文化を理解しない人々」というような軽蔑もあるのでは?
間違いなく、差別的な感情はあると思う。でもそれは、2つの文化が付き合っていこうとするときにはしばしば起こる問題だろう。
実際、多くの人が「中国人はワインについて無知だ」「何を飲んでいるのかさえ分かっていない」「彼らにはボトルの中身なんてどうでもいいんだ。大事なのはラベルに何て書いてあるかだ」と私に言ってきた。それでも、いま最も大切なお客はアメリカ人でもドイツ人でもイギリス人でもなく、お金のある中国人なんだ。
中国人がワインに関して知識がないのは、たぶん事実だろう。でもそれも劇的に変わりつつある。彼らはすごい勢いで知識を吸収している。ボルドーの人たちはそのことを分かっていないと思う。
──中国のワインは飲んだ?
うーん、飲んだけど、ほとんどはひどい味だった。でも、とてもいいワインをつくる生産者もいくつかある。そのうちの一つが、映画にも登場した「賀蘭晴雪」。国際的なコンペティションの赤ボルドー部門で最高賞を獲得した。目隠しでテイスティングをした審査員たちがフランスのワインでなくこの中国のワインを選んだが、それが分かったときにはみんなショックを受けていた。
一部のフランス人は、「中国産ワインのはずがない。フランスのワインに違いない。彼らはボルドーからワインを持っていって空いたボトルに入れ、中国のラベルを付けてコンペティションに持ってきたんだろう」と言っていた。嫉妬だろうね。
──ボルドーは400年の歴史の中で、最大の岐路に立っているというが。
中国のボルドーワイン市場は右肩上がりに伸びていたが、偽造品の横行で11年には価格の暴落が起きた。映画が完成した後、さらに打撃を与える出来事が起きた。昨年、中国政府のトップが胡錦濤(フー・チンタオ)から習近平(シー・チンピン)に交代したことだ。習政権は腐敗撲滅を掲げ、役人の無駄使いやぜいたくを戒めた。高級品や高級ワインの消費が落ち込み、ボルドーワインも打撃を受けた。今は生産者らも状況を見守っているところだろう。
個人的には、市場はまた盛り返すと思う。今の中国で日常的にワインを飲んでいるのは2000万人。それが2020年には8000万人になると予想されている。6年間で4倍だ。そうなれば状況も再び変わるだろう。
──最後の場面は、あなた自身がワインづくりの中でいつも感じていることだろうか?
以前も感じていたが、この映画を通してもっと強く感じるようになった。すべては運命だってね。
大橋希(本誌記者)
その影響をもろに受けているのが、世界的なワイン生産地であるフランスのボルドー。その地の生産者や評論家、高級ワインを買いあさる中国人富裕層などの証言を織り交ぜ、ワインビジネスの裏側を描いたドキュメンタリー映画『世界一美しいボルドーの秘密』が日本公開中だ。自身もオーストラリアでワイナリーを経営するワーウィック・ロス監督に話を聞いた。
──ワインを題材に映画を撮ろうと思ったのは?
シドニーからロンドンに行く飛行機で、アンドリュー・カイヤードと乗り合わせた。彼はオーストラリアのワイン評論家で、「マスター・オブ・ワイン」の資格称号をもつ人物。彼と話をする中で「あなたはワインメーカーであり映画監督であるなら、なぜこれまでワインについての映画を作らなかったのか?」と言われたのがきっかけだ。
自分にとっては初のドキュメンタリー映画だったが、とても楽しめた。絶対にまたドキュメンタリーを撮りたい。人々にインタビューして、真実を掘り下げていく作業は素晴らしかった。脚本のない「本当のドラマ」は何て感動的だろうと思ったね。
──中国市場とボルドーワインの話が軸になっているが、撮り進めるうちに構成の予定が変わったりした?
そうだね、当初の想定とはまったく違った内容になった。もともとは、ワインに対する中国人の関心がボルドーの値段をつり上げているという話になる予定だった。しかし撮影中に、ボルドー史上かつてないほどの価格暴落が起きた。大きな理由は偽造品の横行だ。そこで映画は、暴騰と暴落の物語に変わってしまった。
──あなたはワインには随分詳しいと思うが、それでも新鮮な発見はあっただろうか。
ワイン生産者として技術面で驚かされるようなもの、新たに知りえたものは特になかった。でもボルドーというプリズムを通して、経済力の西洋から東洋への移り変わりを学ぶことができた。今の中国人がどれだけの力を持っているか、つくづく実感した。
面白いのは、撮影しているうちにこれがラブストーリーのように見えてきたこと。伝統があり優雅で洗練されているボルドーと、エキゾチックで気まぐれな中国の恋物語だ。彼らはダンスフロアに現れ、一緒に踊り始める。互いの文化を知らず、相手が話す言葉も分からないが、でもなぜか引かれ合っている――私にはそんな光景が浮かんだ。
© 2012 Lion Rock Films Pty Limited
──ボルドーの生産者にとって中国人は大事な顧客だ。その一方で「成り上がりの中国人」とか「洗練された文化を理解しない人々」というような軽蔑もあるのでは?
間違いなく、差別的な感情はあると思う。でもそれは、2つの文化が付き合っていこうとするときにはしばしば起こる問題だろう。
実際、多くの人が「中国人はワインについて無知だ」「何を飲んでいるのかさえ分かっていない」「彼らにはボトルの中身なんてどうでもいいんだ。大事なのはラベルに何て書いてあるかだ」と私に言ってきた。それでも、いま最も大切なお客はアメリカ人でもドイツ人でもイギリス人でもなく、お金のある中国人なんだ。
中国人がワインに関して知識がないのは、たぶん事実だろう。でもそれも劇的に変わりつつある。彼らはすごい勢いで知識を吸収している。ボルドーの人たちはそのことを分かっていないと思う。
──中国のワインは飲んだ?
うーん、飲んだけど、ほとんどはひどい味だった。でも、とてもいいワインをつくる生産者もいくつかある。そのうちの一つが、映画にも登場した「賀蘭晴雪」。国際的なコンペティションの赤ボルドー部門で最高賞を獲得した。目隠しでテイスティングをした審査員たちがフランスのワインでなくこの中国のワインを選んだが、それが分かったときにはみんなショックを受けていた。
一部のフランス人は、「中国産ワインのはずがない。フランスのワインに違いない。彼らはボルドーからワインを持っていって空いたボトルに入れ、中国のラベルを付けてコンペティションに持ってきたんだろう」と言っていた。嫉妬だろうね。
──ボルドーは400年の歴史の中で、最大の岐路に立っているというが。
中国のボルドーワイン市場は右肩上がりに伸びていたが、偽造品の横行で11年には価格の暴落が起きた。映画が完成した後、さらに打撃を与える出来事が起きた。昨年、中国政府のトップが胡錦濤(フー・チンタオ)から習近平(シー・チンピン)に交代したことだ。習政権は腐敗撲滅を掲げ、役人の無駄使いやぜいたくを戒めた。高級品や高級ワインの消費が落ち込み、ボルドーワインも打撃を受けた。今は生産者らも状況を見守っているところだろう。
個人的には、市場はまた盛り返すと思う。今の中国で日常的にワインを飲んでいるのは2000万人。それが2020年には8000万人になると予想されている。6年間で4倍だ。そうなれば状況も再び変わるだろう。
──最後の場面は、あなた自身がワインづくりの中でいつも感じていることだろうか?
以前も感じていたが、この映画を通してもっと強く感じるようになった。すべては運命だってね。
大橋希(本誌記者)