最近の各国の保守主義の運動には「自国の歴史に誇りを持てるような教育」へと、歴史教育を改変するという志向があります。アメリカも例外ではありません。例えばブッシュ時代の「草の根保守」の復権を契機として、ハッキリとそうした運動が立ち上がっています。
そのリーダー格といえば、リン・チェイニー氏です。チェイニー前副大統領の夫人ですが、歴史家というより文学者という立場で「愛国歴史教育」を推進していたのです。
チェイニー氏はまず「建国の歴史」に関して「トーマス・ジェファーソンの理想主義とか、権力への牽制」といったエピソードではなく、「独立戦争の苦しい戦いを勝利に導いたワシントンの勇気」を前面に出して教えよとか、ベトナムや公民権の話ばかり教えるのはバランスを欠くなどという主張を「運動」にしたのです。
更にチェイニー氏の前にフランシス・フィッツジェラルドというジャーナリストは79年に出した『アメリカ史の改善(America Revised)』という本で、「歴史教育では、紛争や対立のことを教えるのではなく、権威の尊重や、社会的合意の尊重を教えるべき」というまるで、日本の道徳教育論や中国の愛国教育のような主張をしていました。こうした考え方も現在の「保守的な歴史教育観」の中に引き継がれています。
アメリカの場合は、全国統一の教科書検定という制度はなく、カリキュラムに関しては、連邦政府は「ナショナル・スタンダード」という緩やかなガイドラインを持っていますが、細かな教育内容に関しては学区に任されています。
そこでこうした「保守運動」としては各学区をターゲットとすることになりました。アメリカの場合は、学区ごとに教育委員が公選され、その教育委員がプロである教育長を専任して、日々の教育活動はその教育長に委任するというシステムです。
ですから、保守勢力としては堂々と「教育委員」に保守系候補を送り込んで、各学区の教委における多数派を獲得する作戦に出ることになります。そんな中で、コロラド州ジェファーソン郡(生徒総数8万5000人)では、昨年11月の選挙で保守派が教育委員会の多数を占めると、早速歴史教育の「変更」に着手しました。
ターゲットになったのは、高校の「APアメリカ史」という科目でした。この「APアメリカ史」というのは、同じ高校のアメリカ史の科目の中でも一番難易度の高いコースです。基礎が「アメリカ史」で、その上に応用編として「アメリカ史オナーズ(上級)」というのがあり、更にその上にあるのが「APアメリカ史」です。
この「AP(Advanced Placement)」という科目は、高校の高学年で履修する選択科目ですが、他の科目とは違って、1年間勉強した後で「カレッジボード」という非営利組織の主催する「AP試験」を受けて5点満点の4点もしくは5点を取ると、大学進学後に「大学の教養科目のアメリカ史」の単位になる(認定は各大学の判断による)というメリットがあります。また、高得点を持っていると、大学入試の際にも有利になります。
そして「最上級クラス」ですから内容は専門的になります。保守主義者の好む「調和」とか「権威の尊重」では済まない話がゴロゴロあるわけです。
それこそ、独立後の憲法制定のスッタモンダにしても、その後のポピュリズムとフェデラリストの対立、そして南北戦争と戦後の再建期において黒人の権利がウヤムヤになった闇の歴史、あるいはKKK運動など、とにかく真剣に、専門的にアメリカ史を勉強するということは、そうした「負の部分」と向かい合うことが必要です。しかしこのコロラド州の学区では、そうした内容を削除していったのです。
怒ったのは高校生たちでした。今年9月、新学期が始まって新しいカリキュラムが導入されると、まず9月22日に約100人の高校生がデモを始めました。やがて、デモの人数は増えていき、最終的には約1000人の高校生が「授業放棄をして」学区の教育委員会のオフィス前でデモをする事態になったのです。
学生たちは「ボストン茶会事件以来、自由と人権を実現するためには、様々な紛争や対立を乗り越えてきたのがアメリカ史だ」として、「権威に従え」とか「服従が美徳」などという価値観で歴史を教えられては「たまったものではない」と主張しました。これには右傾化した教委に不満を持っていた教員たちも賛同したのです。
それだけではありません。全米の2つの歴史学会("The American Historical Association"と "The Organization of American Historians")が彼等の主張を支持、更にはAP試験を主宰しているカレッジボードも「ジェファーソン郡のカリキュラムは、このままではAPのカリキュラムとして認定できない」という決定を下しました。生徒たちの運動はここに「完全な勝利」を獲得するに至りました。
生徒たちのリーダー格であるマギー・ラムソーさんという高校四年生は、「不正な秩序に挑戦することが正しいと教えるのは、何も無政府主義を推奨することにはならないのです。そうではなくて、政府というものが人民に奉仕するものであり、そのためには修正すべきところは修正すべきだという当たり前のことは、この国の制度設計にビルトインされているのです」と述べていました。
実はアメリカの場合は、このラムソーさんのセリフこそが「正統」であり、例えばアイビー・リーグ加盟校などの名門大学は、このような運動でリーダーシップを発揮して結果を出した彼等の活動については、合否判定の中で「高評価」を与えるに相違ありません。
そしていわゆる保守の運動は、このような「リベラルな思想をもったエスタブリッシュメント」に対する反抗として発生したという側面があるのも事実です。ですが、ダメなもの、間違ったものはやはりダメであり、そのように果敢に行動した高校生たちの存在は、社会に活力を与えることは間違いないでしょう。香港の17歳たちだけでなく、アメリカの17歳も元気だということです。
そのリーダー格といえば、リン・チェイニー氏です。チェイニー前副大統領の夫人ですが、歴史家というより文学者という立場で「愛国歴史教育」を推進していたのです。
チェイニー氏はまず「建国の歴史」に関して「トーマス・ジェファーソンの理想主義とか、権力への牽制」といったエピソードではなく、「独立戦争の苦しい戦いを勝利に導いたワシントンの勇気」を前面に出して教えよとか、ベトナムや公民権の話ばかり教えるのはバランスを欠くなどという主張を「運動」にしたのです。
更にチェイニー氏の前にフランシス・フィッツジェラルドというジャーナリストは79年に出した『アメリカ史の改善(America Revised)』という本で、「歴史教育では、紛争や対立のことを教えるのではなく、権威の尊重や、社会的合意の尊重を教えるべき」というまるで、日本の道徳教育論や中国の愛国教育のような主張をしていました。こうした考え方も現在の「保守的な歴史教育観」の中に引き継がれています。
アメリカの場合は、全国統一の教科書検定という制度はなく、カリキュラムに関しては、連邦政府は「ナショナル・スタンダード」という緩やかなガイドラインを持っていますが、細かな教育内容に関しては学区に任されています。
そこでこうした「保守運動」としては各学区をターゲットとすることになりました。アメリカの場合は、学区ごとに教育委員が公選され、その教育委員がプロである教育長を専任して、日々の教育活動はその教育長に委任するというシステムです。
ですから、保守勢力としては堂々と「教育委員」に保守系候補を送り込んで、各学区の教委における多数派を獲得する作戦に出ることになります。そんな中で、コロラド州ジェファーソン郡(生徒総数8万5000人)では、昨年11月の選挙で保守派が教育委員会の多数を占めると、早速歴史教育の「変更」に着手しました。
ターゲットになったのは、高校の「APアメリカ史」という科目でした。この「APアメリカ史」というのは、同じ高校のアメリカ史の科目の中でも一番難易度の高いコースです。基礎が「アメリカ史」で、その上に応用編として「アメリカ史オナーズ(上級)」というのがあり、更にその上にあるのが「APアメリカ史」です。
この「AP(Advanced Placement)」という科目は、高校の高学年で履修する選択科目ですが、他の科目とは違って、1年間勉強した後で「カレッジボード」という非営利組織の主催する「AP試験」を受けて5点満点の4点もしくは5点を取ると、大学進学後に「大学の教養科目のアメリカ史」の単位になる(認定は各大学の判断による)というメリットがあります。また、高得点を持っていると、大学入試の際にも有利になります。
そして「最上級クラス」ですから内容は専門的になります。保守主義者の好む「調和」とか「権威の尊重」では済まない話がゴロゴロあるわけです。
それこそ、独立後の憲法制定のスッタモンダにしても、その後のポピュリズムとフェデラリストの対立、そして南北戦争と戦後の再建期において黒人の権利がウヤムヤになった闇の歴史、あるいはKKK運動など、とにかく真剣に、専門的にアメリカ史を勉強するということは、そうした「負の部分」と向かい合うことが必要です。しかしこのコロラド州の学区では、そうした内容を削除していったのです。
怒ったのは高校生たちでした。今年9月、新学期が始まって新しいカリキュラムが導入されると、まず9月22日に約100人の高校生がデモを始めました。やがて、デモの人数は増えていき、最終的には約1000人の高校生が「授業放棄をして」学区の教育委員会のオフィス前でデモをする事態になったのです。
学生たちは「ボストン茶会事件以来、自由と人権を実現するためには、様々な紛争や対立を乗り越えてきたのがアメリカ史だ」として、「権威に従え」とか「服従が美徳」などという価値観で歴史を教えられては「たまったものではない」と主張しました。これには右傾化した教委に不満を持っていた教員たちも賛同したのです。
それだけではありません。全米の2つの歴史学会("The American Historical Association"と "The Organization of American Historians")が彼等の主張を支持、更にはAP試験を主宰しているカレッジボードも「ジェファーソン郡のカリキュラムは、このままではAPのカリキュラムとして認定できない」という決定を下しました。生徒たちの運動はここに「完全な勝利」を獲得するに至りました。
生徒たちのリーダー格であるマギー・ラムソーさんという高校四年生は、「不正な秩序に挑戦することが正しいと教えるのは、何も無政府主義を推奨することにはならないのです。そうではなくて、政府というものが人民に奉仕するものであり、そのためには修正すべきところは修正すべきだという当たり前のことは、この国の制度設計にビルトインされているのです」と述べていました。
実はアメリカの場合は、このラムソーさんのセリフこそが「正統」であり、例えばアイビー・リーグ加盟校などの名門大学は、このような運動でリーダーシップを発揮して結果を出した彼等の活動については、合否判定の中で「高評価」を与えるに相違ありません。
そしていわゆる保守の運動は、このような「リベラルな思想をもったエスタブリッシュメント」に対する反抗として発生したという側面があるのも事実です。ですが、ダメなもの、間違ったものはやはりダメであり、そのように果敢に行動した高校生たちの存在は、社会に活力を与えることは間違いないでしょう。香港の17歳たちだけでなく、アメリカの17歳も元気だということです。