シリアとトルコの国境地帯で激烈を極める攻防戦が続いている。イスラム教スンニ派テロ組織ISIS(自称イスラム国、別名ISIL)はシリア北部の拠点から国境地帯まで進撃、人口40万人のクルド人の都市アインアルアラブ(クルド名コバニ)陥落を目指している。
ISISがコバニ全域を掌握するのは時間の問題と思われる。この町を守るクルド人部隊は、戦車や重火器を保有するISISの猛攻に長く持ちこたえられそうにない。既にISISは市内の一部地域に侵入、占領の証しとして黒い旗を掲げている。
米政府の当初の反応は鈍かった。オバマ政権の高官はコバニ陥落はアメリカにとって重大な問題ではないといった口ぶりで、切迫感を薄めようとした。
米軍がコバニを重視すれば、典型的な「ミッション・クリープ(終わりの見えない展開)」になるとの議論もあった。それはオバマ大統領の戦争計画から外れた行動で、当初の目標を超えて作戦が拡大され、際限なく人的・物的資源を投入せざるを得ない状況になる、というのだ。
こうした議論はばかげている。コバニ防衛はオバマが全力を挙げて勝ちにいくべき戦いだ。好むと好まざるとにかかわらず、これはオバマが選んだ戦いだ。
8月にISISを標的にした第1波の空爆に踏み切った時点から、オバマはおおむね人道的な理由で攻撃を決断したと語っていた。8月7日の演説ではISISがクルド人系少数派のヤジディ教徒を「虐殺する可能性」があり、アメリカにはそれを防ぐ責任があると宣言。9月に全米で放映された演説と国連総会で行った演説でも、人道的な理由でISISと戦うと説明した。
空爆の拡大を発表した9月10日の演説では、オバマはイラクとシリアのISISを「弱体化させ、壊滅する」ことが目標だと明言した。以後、米軍主導の有志連合がイラクとシリアで何波にも及ぶ攻撃を行ってきた。
遅きに失した空爆指令
こうした空爆の目的は、明らかにコバニで起きている事態にも当てはまる。数十万人のクルド人、キリスト教徒、さらにはスンニ派の住民などが、ISISの残虐な支配から逃れてコバニに入り込んでいた。そのコバニからの大脱出は既に最大級の難民危機になっているとも警告されている。
コバニが陥落すれば、市内に残った人々はどうなるか。ISISは大量処刑やレイプ・拷問など、今までに行ってきた以上に残虐な扱いをするだろう。そうした事態を予測して、国連幹部ですらコバニ防衛のための武力行使を呼び掛けているほどだ。
人道的な理由のほかにも、アメリカがコバニを守るべき客観的な戦略上の理由がある。ISISがコバニを押さえれば、シリアとトルコの国境付近の広大な一帯を支配下に置くことになる。北部のラッカから各地の拠点を結んで、シリア最大の都市アレッポに至るまでのルートを確保できる。
それ以上に重要なのは、国境地帯を支配すれば外国人の戦闘員を集めやすくなる上に、石油などの物資を国際的な闇市場に流しやすくなることだ。コバニの掌握で、ISISには今まで以上に多くの武器と人員と資金が流入する。
コバニを放っておいた結果、アメリカはISISを「弱体化させ、壊滅する」どころか、強化させ、拡大させることになる。今では米政府高官もそれを理解しており、米軍は遅まきながらコバニに進撃するISISを標的に空爆を行った。オバマはクルド人部隊支援のため、空爆の回数をさらに増やすよう指示している。それでも遅きに失した感は否めない。
コバニが陥落すれば、アメリカはクルド人部隊の期待を裏切っただけでは済まない。この戦いは当初の目標から外れているという口実は通用しない。
人道的な理由からISISに対する空爆を決断したなら、コバニ防衛はまさにオバマが選んだ戦いだ。その戦いで、ISISは恐るべき大義の実現に向けて決定的な勝利を挙げようとしている。
[2014.10.21号掲載]
ウィリアム・ドブソン(本誌コラムニスト) スレート誌政治・外交エディター。カーネギー国際平和財団客員研究員や外交専門誌フォーリン・ポリシー編集長などを経て現職
ISISがコバニ全域を掌握するのは時間の問題と思われる。この町を守るクルド人部隊は、戦車や重火器を保有するISISの猛攻に長く持ちこたえられそうにない。既にISISは市内の一部地域に侵入、占領の証しとして黒い旗を掲げている。
米政府の当初の反応は鈍かった。オバマ政権の高官はコバニ陥落はアメリカにとって重大な問題ではないといった口ぶりで、切迫感を薄めようとした。
米軍がコバニを重視すれば、典型的な「ミッション・クリープ(終わりの見えない展開)」になるとの議論もあった。それはオバマ大統領の戦争計画から外れた行動で、当初の目標を超えて作戦が拡大され、際限なく人的・物的資源を投入せざるを得ない状況になる、というのだ。
こうした議論はばかげている。コバニ防衛はオバマが全力を挙げて勝ちにいくべき戦いだ。好むと好まざるとにかかわらず、これはオバマが選んだ戦いだ。
8月にISISを標的にした第1波の空爆に踏み切った時点から、オバマはおおむね人道的な理由で攻撃を決断したと語っていた。8月7日の演説ではISISがクルド人系少数派のヤジディ教徒を「虐殺する可能性」があり、アメリカにはそれを防ぐ責任があると宣言。9月に全米で放映された演説と国連総会で行った演説でも、人道的な理由でISISと戦うと説明した。
空爆の拡大を発表した9月10日の演説では、オバマはイラクとシリアのISISを「弱体化させ、壊滅する」ことが目標だと明言した。以後、米軍主導の有志連合がイラクとシリアで何波にも及ぶ攻撃を行ってきた。
遅きに失した空爆指令
こうした空爆の目的は、明らかにコバニで起きている事態にも当てはまる。数十万人のクルド人、キリスト教徒、さらにはスンニ派の住民などが、ISISの残虐な支配から逃れてコバニに入り込んでいた。そのコバニからの大脱出は既に最大級の難民危機になっているとも警告されている。
コバニが陥落すれば、市内に残った人々はどうなるか。ISISは大量処刑やレイプ・拷問など、今までに行ってきた以上に残虐な扱いをするだろう。そうした事態を予測して、国連幹部ですらコバニ防衛のための武力行使を呼び掛けているほどだ。
人道的な理由のほかにも、アメリカがコバニを守るべき客観的な戦略上の理由がある。ISISがコバニを押さえれば、シリアとトルコの国境付近の広大な一帯を支配下に置くことになる。北部のラッカから各地の拠点を結んで、シリア最大の都市アレッポに至るまでのルートを確保できる。
それ以上に重要なのは、国境地帯を支配すれば外国人の戦闘員を集めやすくなる上に、石油などの物資を国際的な闇市場に流しやすくなることだ。コバニの掌握で、ISISには今まで以上に多くの武器と人員と資金が流入する。
コバニを放っておいた結果、アメリカはISISを「弱体化させ、壊滅する」どころか、強化させ、拡大させることになる。今では米政府高官もそれを理解しており、米軍は遅まきながらコバニに進撃するISISを標的に空爆を行った。オバマはクルド人部隊支援のため、空爆の回数をさらに増やすよう指示している。それでも遅きに失した感は否めない。
コバニが陥落すれば、アメリカはクルド人部隊の期待を裏切っただけでは済まない。この戦いは当初の目標から外れているという口実は通用しない。
人道的な理由からISISに対する空爆を決断したなら、コバニ防衛はまさにオバマが選んだ戦いだ。その戦いで、ISISは恐るべき大義の実現に向けて決定的な勝利を挙げようとしている。
[2014.10.21号掲載]
ウィリアム・ドブソン(本誌コラムニスト) スレート誌政治・外交エディター。カーネギー国際平和財団客員研究員や外交専門誌フォーリン・ポリシー編集長などを経て現職