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素人を「錦織圭」に育てる脳アプリ

ニューズウィーク日本版 2014年11月17日 12時15分

 今年4月、ゴルフのマスターズ・トーナメントで最年少優勝に手が届きかけたジョーダン・スピースが、あの場面でもしも「脳波モニター」を装着していたら......痛恨の池ポチャはなかったかもしれない。

 帽子にモニターを仕込み、ワイヤレスでキャディーのiPhoneのデータ処理アプリにつながって最高のプレーができる方法を教えてくれる、そんな装置だ。

 来年のマスターズではぜひおすすめしよう。その頃にはこの技術も入手可能になっているかもしれない。
20世紀においては、運動能力を向上させるものと言えばドーピングだった。それが今では、パフォーマンス向上アプリの時代に突入しつつある。

 この新技術は脳活動を読み取り、データをソフトウエアに送る。スポーツや仕事、学業やその他あらゆる分野でパフォーマンスを向上させるよう設計されたソフトウエアだ。いずれは万歩計と同じくらい手軽で安価なものになるかもしれない。

 脳アプリが発達すれば、プロは浮き沈みなく常に最高のプレーを見せられるようになる。だが最も心躍るのは、この技術が素人の腕前を急激に上達させてくれることだ。プロの脳を模倣させるフィードバック装置が、何百時間もの地道な練習に取って代わるなんて、夢のような話だろう。

 人間の能力を向上させる方法は、常に謎に満ちている。同じ腕を持った同じ選手に波がある原因は、精神状態か、睡眠の質か、食事の内容か。この疑問は誰にでも当てはまる。ある日は仕事で絶好調に燃え、別の日に苦戦するのはどういうわけか。

 その原因として学者やスポーツ指導者らが長年指摘してきたのは集中力やリラックス状態、「ゾーン」に入ること、コラムニストのマルコム・グラッドウェルの著作で有名になった「1万時間」の練習、といった要素だった。そこに突然登場したのが、プレーに関わる要素を測定し、記録する方法の数々だ。

 心拍や発汗、呼吸や動作、睡眠の状態やその他の生物学的マーカーを絶えず記録する機器などは既に出回っている。それに加えて、脳波を測定する装置もいずれ一般化されそうだ。



仕事量や成績も追跡可能

 脳波を「科学レベルで読み取り、バッテリーは5日間持続するウェアラブル装置を作ることができる」と、テキサス州のアンコディン社のピーター・ボナンニCEOは言う。同社は国防総省の防衛先端技術研究計画局(DARPA)と協力し、脳波測定装置を開発中だ。

 同時に、プレーそのものの膨大なデータについても研究が進められてきた。NBA(全米プロバスケットボール協会)では試合をビデオで追跡し、個々の選手の走る速度やボールを持つ回数などをはじき出す。

 普通の職場なら、従業員の仕事量や成績をソフトウエアで絶えず追跡することが可能だ。つまり、仕事能力の高いときの脳や体の状態を特定することが可能になりつつある。次のステップは、その状態をいつでも再現できる方法を割り出すことだ。

 約10年前、DARPAは脳科学を実際の現場に応用する「実用神経科学」に投資しだした。05年以降、この研究は神経科学者のエイミー・クルーズが担当している。彼女が主に探求するのは2つの疑問だ。

 1つは、プロの脳波には測定可能で明らかに際立ったパターンが存在するのか。2つ目は、それを素人に応用して短期間にパフォーマンスを向上させることができるのか、というものだ。

 クルーズは射撃選手を対象に実験を行った。プロの射撃選手に脳波モニターを装着し、引き金を引く直前の脳波に共通するパターンを見つける。最高の状態にあるプロ選手は、自らを完全なリラックス状態に導く方法を熟知している。それは脳の信号にも表れ、心拍は減速する。

 次にクルーズは、素人を2つの集団に分け、片方のグループに脳波モニターを装着。彼らの脳波がプロの脳波と同様の状態になった瞬間、引き金を引くように指示を出す。彼らの射撃技術は、もう一方の集団に比べて2・8倍のスピードで上達した。

 これで2つの疑問はどちらも明らかになった。プロは他に比べて明らかに秀でた脳波パターンを有しており、ひとたびそれを特定できれば、素人の能力向上に応用することも可能だ。次いでに言えば、他のプロをさらに強くすることも。



ビジネスマンには敬遠される?

 科学と装置とデータがそろった今、それらを組み合わせた脳アプリも実現可能になった。

 例えばスポーツ製品製造会社のインフォモーションは、「スマートセンサー・バスケットボール」を販売。ボールに内蔵された装置が加速度や回転を追跡し、アプリにデータを送信してより正確にシュートする方法を知らせてくれる。これを脳波や心拍、発汗などの生物データと組み合わせて、最高のシュートができる最高の精神状態を保てるように訓練できる。

 スポーツに当てはまるものは、仕事や生活にも応用できる。どんな分野の人でも、最高のパフォーマンスをする方法を学び、自分の脳をその状態に持っていくよう訓練できるはずだ。

 この技術は仕事場でも浸透するだろうか。当面において最大のハードルは、ずばり見た目だ。「水兵だったら何であろうが頭に着けるだろうが、一般のビジネスマンには受け入れられないだろう」と、クルーズは冷ややかに語る。

 5年前だったら、無線通信のヘッドホンを着けて仕事をしていたら「スタートレックか」と同僚にからからかわれただろう。でも今や、この技術は急速に研究が進んでいる。職場を見渡せば、脳アプリを頭に装着した同僚だらけ......という日が来るのもそう遠くないかもしれない。

[2014.6.24号掲載]
ケビン・メイニー

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