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欧州代わりに中国に期待 プーチンの危険な妄想

ニューズウィーク日本版 2014年11月21日 12時31分

 ロシアと中国は先日、ロシア産天然ガスの中国への供給拡大で合意した。これでプーチン大統領は、ウクライナ情勢をめぐってロシアに経済制裁を科した欧米主要国に対する「勝利」をアピールできる。制裁を科すなら中国ともっと大型の契約を結ぶぞ、と欧米を牽制するのがプーチンの狙いだろう。

 APEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議に出席するため中国を訪れていたプーチンは、習近平(シー・チンピン)国家主席と共に合意文書の調印を見守った。ロシア政府は、ロシア版「アジア重視」政策の新たな成果と吹聴した。中国とロシアは5月にも、ロシア産天然ガスを中国に供給する総額4000億ドルの契約を締結している。

 プーチンの思惑どおり、地政学的な見地からロシアは欧米を回避するために中国に接近している、とメディアは書き立てた。

 しかしこうした戦略は賢明どころか、無謀な大ばくちだ。中国もアジアも、ヨーロッパに代わるロシア経済の重心にはなり得ない。経済的にも文化的にも社会的にも、ロシアとヨーロッパのつながりはあまりにも深い。それでもロシア軍は国境を越えてウクライナになだれ込み、ロシアは米カリフォルニア沿岸近くで爆撃機の訓練飛行を計画していると発表した。冷戦ピークでさえ、ここまでの挑発はなかった。

 プーチンは中国にヨーロッパの代わりが務まるという「妄想」に取りつかれている。実際はロシアの貿易取引の約半分をEUが占め、ウクライナ、トルコ、スイスも加えれば約60%に上る。まっとうな指導者ならそれほどの貿易相手を避ける道を選ぶはずはないが、プーチンの場合は外交上の強硬策が通商面にも影を落としている。それに、中国との天然ガス供給契約で損をするのはたいていロシアだ。

 5月の契約にしても「浮かれるのは早いかもしれない。まだ準備段階で細かい詰めは終わっていないようだ」と、エネルギー専門家のスティーブ・レビンは指摘する。

「価格など肝心な点が決まっていないのに、プーチンは中国に見返りを与えることを認めた。東シベリアのバンコール油田の権益の10%を中国企業に譲るというものだ。同油田の原油埋蔵量は推定36億バレル、産出量は日量44万バレルに達している。プーチンが最初からそんな宝を差し出すとは意外で、交渉の最終段階で中国がどんな難題を突き付けてくるか分かったものではない」
欧米の制裁に反発して中国にすり寄ればどんな目に遭うか、ロシアの盟友イランは身に染みているはずだ。



 中国の国有企業は長年イランの石油・ガスの採掘権を手にしながら、アメリカの制裁を理由に開発を渋った。今ではイランの石油業者は中国への軽蔑を隠さず、欧米の石油メジャーとよりを戻したがっている。

国民まで道連れになる

 イランから中国に輸出された石油の支払いも、アメリカの対イラン制裁措置により、イランが中国の銀行に開設した人民元建てのエスクロー(第三者寄託金)口座に入金される。イランはこの資金を中国製品・サービスの購入にしか使えない。中国にとってはイランの石油が手に入ると同時に、自国の製品を売ることもできて一石二鳥だ。

 帝政時代からロシアの政治・経済はヨーロッパを手本にしてきた。18世紀のエカテリーナ2世はフランスの啓蒙思想家ボルテールと文通し、ヨーロッパの啓蒙思想をロシアに広めようとした。ヨーロッパの分裂を招いたソ連の共産主義でさえ、ヨーロッパの知識人とヨーロッパで青年期を過ごした亡命ロシア人が産業革命を受けて起こした、ヨーロッパの運動だった。

 今でもロシアの若者が職探しに向かうのは北京や上海やソウルではなく、ロンドンやパリやコペンハーゲンだ。ロシア人実業家はヨーロッパのサッカークラブやメディアを買収し、ロンドンの高級住宅を買いあさる。

 ロシアの船は昔からヨーロッパを目指してきた。外交でも通商でも多様性は大事だが、ヨーロッパへの腹いせに中国にすり寄る「アジア重視」政策はロシアの得にはならないだろう。損をするのはプーチンだ。しかも国民まで道連れになる。

[2014.11.25号掲載]
アフシン・モラビ(本誌コラムニスト)

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