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景気後退でも与党が圧勝する日本の構造問題 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2014年12月18日 13時10分

 戦後最低の52・66%という投票率については、要するに「政権交代の可能な二大政党制」が崩壊している中での「小選挙区制」への不信任だという理解が正しいと思います。別に政治全体への不信があるわけでもないし、民主主義への不信感がエスカレートして賢人政治や独裁政治への待望論があるわけではありません。

 ですから、とにかく「自分の納得するチョイスがなかった」というのが正しいのだと思います。

 それ以前の問題として、現在の日本の景気は決して良くないという事実があります。2014年の4~6月期が前年比GDPでマイナス7・3%(通年換算)、これは消費税率アップ前の「駆け込み需要の反動」だとしても、7~9月期もGDPが前年比でマイナス1・9%となりショックが走りました。

 海外では「日本はリセッション(景気後退)」に入ったという見方が多いですし、またそのために選挙翌日の東京株の下落も「理解」されたのですが、では、そんなに景気が悪いのにどうして現政権が圧勝したのでしょう?

 アメリカの選挙では通常ありえないことです。2008年にはリーマン・ショックを契機とした不況で、共和党はホワイトハウスを失いましたし、2010年には景気の戻りの悪い中でオバマ批判を繰り広げた「ティーパーティー」が躍進。2012年も「良くなったが景気の戻りが遅い」としてオバマは辛勝したものの、議会は大敗。2014年の中間選挙では「かなり景気は良くなったが、戻りは遅かったし以前の力強さがない」としてオバマの民主党は惨敗しています。

 では、日本ではまだまだ人心に余裕があって、多少の不景気でも現政権を許したのでしょうか? そんな「のんきな」ことはないと思います。

 では、野党には日本経済の現況に関して真剣味が足りない一方で、与党の「現在の景気では消費税アップには耐えられない」が「この道を行くしかない」という一種の覚悟の方が説得力を持ったのでしょうか?

 そうした側面はあると思いますが、それだけではありません。

 大切なのは、日本の社会では「景気がストレートに自分の生活に反映する層」と「そうでない層」が分かれているからだと思います。

 今回の選挙では、全国の中小企業は「こんな経済情勢では消費税率アップなどはとんでもない」と感じつつ「他にとるべき道はない」というアベノミクスを信任したわけです。

 どうしてかと言えば、中小企業にとって景気動向は「会社の生き死に」に関係するからです。円安はプラス効果よりもデメリットがある企業が多いにも関わらず、どうして彼らはアベノミクスを支持したのでしょうか? それは景気への切迫感を持たない、従って機動的な景気対策をする気のない民主党以下の野党は信用できなかったからです。その結果として、彼らの多くは自民党と公明党を積極的に選択したのだと思います。



 一方で、大都市の中間層は違います。景気動向が自身の生活に直接響くのは、ボーナスや昇給ぐらいであって、ハッキリ言えば「短期的な景気動向よりも、自分の組織内でのポジションの上下動」の方が切実な問題なのです。

 それは悪いことではありません。むしろ恵まれているわけで、大きな組織に属していることで景気が自分の生活に影響するのを、所属する組織がバッファーになって衝撃を吸収してくれるのです。

 鳩山政権の民主党にいたる「都市型の政党」が「供給側より消費者の利害」であるとか「行政サービスの受益者の観点」から「マニフェスト」を訴えたのは、こうした大都市の中間層票の持つ特徴にターゲットを絞っていたからです。

 これに加えて、大都市にある大企業の多くは「生産拠点と市場を国外に出している」という問題があります。つまり、工場も販売先も国外、国内にあるのは本社などの事務機能と、研究開発などという構造です。こうした場合は、企業の経済活動はGDPの枠外になる一方で、海外で稼いだカネは円安で「水増しされた」形で本社に連結されてきます。

 こうした多国籍企業の場合は、円安は大きなメリットとなる一方で、国内のGDPが低迷しようが、あるいは国内の購買力が細くなろうが、まったく痛くもかゆくもないことになります。つまり国内の不況やデフレ経済とは、違う世界で勝負して、稼いだカネだけを持ち込んできているのです。

 では、こうした経済の構造は「仕方がない」し、このように「現実主義の保守政権」が切羽詰まった中小企業や、多国籍化した大企業に支えられていくというのは「この道しかない」唯一の選択なのでしょうか?

 私は違うと思います。脆弱な中小企業に引きずられて短期的な利害だけで判断を続けていては、日本経済そして国家財政には弊害が大きいと思います。また、いつまでも都市の中間層が「とりあえず消費者、サービス受益者」として政策を判断するような「余裕のある立場」であり続けるとも思えません。

 さらに言えば、いくら個々の企業としては合理的な判断であるとしても、製造拠点も市場もどんどん外に出し続けて行けば、国内の空洞化は進行するばかりです。その意味で、今回の選挙で「不況なのに現政権が大勝した」という構図の中には、日本の経済社会の様々な問題が横たわっているように思います。

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